風龍に乗りし君の手を取りて

菅原 みやび

1章 悲劇は七宝伝承から

第1話 終わりの始まり

「七つ国の国宝を揃えし者世界を手中に収めん」


 数百年……いや、数千年前の遠い遠い遥か昔、神話の時代から伝えられている伝承があった。


 が、その伝承に頼らずに人が統べる【花蝶国かちょうこく】によって大陸は統一される。


 だが、それも悲しいことに過去の話となってしまう。


 事の発端は【花蝶歴232年】に起きる……。


 7つの大国のうちの1つ、人が統べる【炎帝国えんていこく】が密かに【鬼人国きじんこく】と手を結び、【花蝶国】に反旗を翻したのだ。


 これは花蝶歴232年睦月の雪がちらちらと舞う、とある日の出来事。


 ここは花蝶国の昼時の城下町。


 花蝶国は一年中幻想的な花が咲き誇る国であり、今も肌寒い睦月である中、木の枝に大きな大きな雪月花せつげつかが咲き誇っていた。


 そう、まるで雪の結晶のように透き通る花弁かべんがである。


「父上! 今年も雪がちらついておる故、雪月花が綺麗きれいに咲き誇っておりますね!」


 年は18歳ほどの元気な少年。


 いや少女は透き通った茶色の瞳で父親の顔を見ながら同意を求める。


 というのも彼女の服装は女性の正装の着物ではない為、華々はなばなしさが無かった。


 帯も太帯ではなく、細い帯を巻いていたし、髪も殿方のように元結で束ねただけの雑な仕様であった。


「はっはっは! 陽葵ひまりはおしゃまさんだなあ!」


 椿姫陽葵つばき ひまりの父、椿姫陽一つばき よういち豪快ごうかいに笑う。


 彼は花蝶国の現在の領主であり、愛娘の18歳の成人の祝いの為、城下町に足を運び、雪月花を直に見ていたのだった。


 陽一は愛娘まなむすめの腰元に下げている2刀の刀を見て問う。


「どうだ? それは気に入ったか?」

「うん!」


 満足げに頷く陽葵。


「はは、そうか……」


 陽一は苦笑しながら、愛娘が下げている日輪にちりん紋様もんようが刻まれたを見て、事の経緯を思い出していた。


 数年前に陽葵の兄が初陣にて戦死し、椿姫の跡取りは妹の陽葵が引き継ぐこととなってしまった。


 その為、陽葵が18歳になった今日、椿姫家に伝わる国宝の【椿姫日輪つばきにちりんの刀】を口伝通り娘に授ける結果になってしまった。


 娘の陽葵も幸か不幸か剣技に関しては光る才能を持っており、女性の身であるのに国内でも上位に入る腕前になっていた。


(この子が不憫ふびんでならぬ……)


 そんな環境に生まれた陽葵に対し、責任を感じている陽一。


 更には女性の特徴である胸……。


 これがまた、まな板のごときあるが故に……。


 ああ……どうして母親に似ないといけない所が似ておらず、こんなになってしまったのか……。


(母に似て陰陽師の術が使えれば稀代の術師になれたものを……)


 幸い顔は母親に似て切れ長の瞳と眉である端正な顔立ちであるが、あの格好と体形それに剣才……。


「男子に生まれれば椿姫家は安泰あんたいであったのに」と、嘆かずにはいられない父、陽一であった。


「と、殿っ! た、大変でございます!」


 陽一の目の前に、黒服の従者がいつの間にか静かに立っていた。


「む? ……端的に申せ!」


 従者の険しい目を見て事の重要さを察し、話の内容を急がせる陽一。


「む、謀反です! 【炎帝国】が我が国との同盟を破り、【鬼人国】と手を組み我が国に大軍を率いて攻め入っております!」

「数と状況は?」


「およそ30万以上! 数から考慮しておそらく他の国も加担しているものと思われます! もう既に刺客が城内にも入っている模様!」


 成程、城内に目を向けると、煙が立つのが無数に見えて来るではないか!


 この感じだと、城にも火が放たれているのであろう。


 打つ手が早い所を見ると、【雷陽らいようの里】の忍者達が暗躍しているのだろう……。


 となると、家内達の生存率は低い……。


 陽一は色とりどりの花で飾られた城と愛する家内達が、炎の中苦しむ姿を想像してしまう。


「ええいっ! 他の同盟国はどうなっておる!」


 その為激昂げっこうし、声を荒げてしまう陽一。


「7つの国のうち【風月国ふうげつこく】と【土陰どいんの里】がこちらに援軍を向かわせてるとの情報が……」

「【水宮国すいぐうこく】は?」


「中立の模様……」


 その言葉を聞き、一瞬だけ目を閉じ、刹那的に判断する陽一。


「すまないがこの子を頼む……」

「はっ! 命に代えましても!」


「ち、父上は何処に?」

「儂はやらなければならない事がある……」


 そう、この国の君主として、民をそして愛娘を守る為に……。


「我が手足達よ!」

「ははっ! 御庭番おにわばん100人衆これに!」


 いつの間に現れたのか、刀などの武器を下げた百人の屈強なさむらいと陰陽師達が陽一の元に集う!


「侍は儂についてまいれ! 忍びの物は敵の忍びを探し直ちに狩れ! 陰陽師達は火の沈下並びに式紙部隊を召喚し、各自臨機応変りんきおうへんに対応せよ! 行けっ!」

「ははっ! 直ちに!」


 7つの国のうちでも圧倒的に強く、一騎当千の強さを誇る君主陽一並びに御庭番100人衆と10万の兵隊……。


 だが、それでも30万以上を超す、連合軍に対しては余りにも多勢に無勢すぎた。


 更には城内に忍び込んだ刺客による内部かく乱になすすべもなく、城主椿姫陽一はあえなく戦死し、232年の栄華を誇った花蝶国は数日で滅亡してしまうのである……。


   ♢


 あれから2年後。


 【炎帝歴2年】の卯月4月の中頃……。


 晴天の為か、青空が広がる中、日差しが暖かく風が心地よく感じられる季節……。


 その為、窓から覗く小枝に付いた葉がさわさわと揺れる音が静かに聴こえてくる。


「……陽葵様。……陽葵様?」


 何やら目の前が騒がしい。


「もしかしてまた寝てらっしゃいますか? 陽葵様?」

「うん、起きてる……」


 寝ぼけまなこをこすりながら陽葵はボンヤリと前を見つめる。


 うん間違いない。


 私のお目付け役である婆やが歴史の教科書を読んでいる時に、また眠くなって寝てしまったのだ。


 その証拠に婆や白髪のしわがれた顔が私を覗き込んでいる。


 私は寝ぼけた脳を整理する為に、記憶を一端整理する。


 20歳になった私は今、炎帝国に捕虜ほりょとして御厄介ごやっかいになっている身だ。


 実際、自分の個室から見える城内を見ると、燃える炎を模した赤く柱木を塗った城が見えるので間違いない。


 ちなみに警備は厳しい為、理由が無い限り城下町外に出るのが難しい状態だ。


 なお、空路から逃げる手段も考えたが、領地内に強力な空結界を張られている為それも不可能であるし、万が一空を飛べたとしても帝国の屈強な飛竜兵や陰陽師部隊が配置されていて、即追尾撃墜されるであろう。


 花蝶国の領主であった私が殺されていない理由。


 それは国宝である【椿姫日輪の刀】のありかを私から聞き出すためと聞いている。


 その理由は、野心家である炎帝国の君主が【七宝伝承しちほうでんしょう】を信じているから。


 ちなみに、その椿姫日輪の刀は私が今も腰に下げていたりする。


 実はこの刀、刃が付いておらず、「これが椿姫日輪の刀です!」と力説しても「刃の無い刀が家宝であるはずがない!」と誰も信じてくれないのだ。


 私としてはさっさと自由の身になってしまいたいので、嘘偽りなく語っているんですがね。


 というわけで、私は2年間の間、炎帝国城内で絶賛監禁状態ぜっさんかんきんじょうたいです。


 父と母を殺し、国も滅ぼしてくれた炎帝国。


 出来る事なら復讐ふくしゅうしてやりたいけど、残念ながら今現在は四面楚歌しめんそか


 悔しいけど、大人しく牙を研ぎながら機会を待つしか私には出来ないのです……。


 まあ、今私がここにこうして無事? いられるのも、私を庇って討ち死にした父と忠臣達、更にはあの名も無き忍の従者と……。


 それと、あの時私を城内から引っ張り出し安全な場所に避難させてくれた……。


 えっと……あの人誰だっけ?


 そうそう! 確か【風月国】の若いお侍さんと本人が言っていた。


 声と肌艶はだつやからして20代だっと思う。


 緑色の龍の面を被っていたので顔は覚えていないんだけど、剣筋が鋭くとても強かったな……。


 きっと名のある剣聖に違いない。


 あの時の父上並みに強くてね、お陰で私は死なずに済んだ。


(ああ……また、会えるならあの人に是非会いたいな……)


 婆やのしわくちゃな顔を再び見ながら厳しい現実を実感し、私は深いため息をつく。


「仕方ありませぬ……。また気晴らし城下町に行きましょうか……」


 私のやる気の無さを感じ取った為か、妥協案を出す婆や。


「わあい! 話が分かる婆や大好き!」


 喜びの余り、思わず婆やに抱き着いてしまう私。


 その為か、私の羽織っていた椿の花柄の羽織はしわだらけになってしまう。


 それから四半時後……。


 外出用の殿方用に服装に着替えた私は、婆やと共に炎帝国の城下町に来ていた。


 その為上機嫌になる私。


 正直、城内にいると女性用の着物を着ていないといけないのでストレスが溜まるんだよね。


 私は殿方用の動きやすい服装が好きなので、昔から愛用の紺色の着物を着ている。


 理由は今、腰に下げている刀を使いやすいから。


 当然、国宝の椿姫日輪の刀も忘れずに腰に下げている。


「決して城下町から出てはなりませぬぞ……」

「分かってるって!」


 私は婆やに空返事を返し、元気に歩き出す。


 それにしても、ここの城下町は本当に活気に満ち溢れている。


 実際に目の前の子供達は笑顔でそこら辺を元気に走り回っているし、商人も笑顔で商売出来ている。


 若干遠くに見える農家達も楽しそうにのんびりと田を耕している状態なのだ。


 噂では独裁制を行っていると聞いていたが、思いっきりうそ情報であった。


 実際この国の領主はかなりやり手の様で、私は一回も領主の顔を拝謁した事が無い。


 だからこそ、あの強かった私の父上が戦争に負けたのだと思う。


 だからこそ私は、この2年間ここで安全に暮らせていると思う。


 これは決して暴力では解決せず、私の心が折れるのを待っているのだろうなと感じている。


 その根拠として、私の国も最低限の被害だけで済んでいるという情報が聞いたからだ。


 私の子飼いの忍びから聞いた情報なので間違いない。


 なによりも、この城内の有様だとその情報は信用出来るし、民達が被害にあわなくて本当に良かったとそこら辺は心底私は感謝している。


 更にはまるでここの領主が「逃げれるならいつでもいいので逃げて見ろ」と言っているようにも感じる。


 まあ実際には警備が厳しくて逃げられないのだが……。


 何はともあれ困ったのはここに2年程住んで、父上と母上が殺された憎悪が少し薄らいできている事だ。


 この炎帝国の象徴である燃え上がる炎の如き憎悪がである。

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