番外編

番外編 その後の福島くん

 スラッとした体に小さな顔。切れ長の目にサラサラの髪。笑うと目尻が下がって少し幼くなるのがスーパーキュートな彼――福島さつきくんがクラスメイトとして目の前に現れた時、彼こそが私、長崎日菜の一生の推しになると確信した。

 元々追っかけをしていたボーイズアイドルの推しが不祥事を起こして事務所を解雇されてしまい、新たな推しを求めていたところだった。

 この学園では目立つ黒い制服も、彼の魅力を引き立たせるアイテムだ。そして顔がいい。推さざるを得ない。

 今まで推しとの接触はありえない派だった私も、同じ教室で同じ空気を吸い、同じ授業を受けている内にほんの少し話してみたい欲が沸いてきてしまい、葛藤を抱えていることを友達のやまぐっちゃんに相談したら引かれてしまった。

 やまぐっちゃんは福島くんと同じ外進生で、彼とも比較的話す方だ。

 やまぐっちゃんから見たらただのクラスメイトがただのクラスメイトに話しかけるのをなぜか躊躇しているようにしか見えないのだろう。呆れた目でこちらを見る彼女にはこのオタク心理が分からないんだ!


「福島くん? 別に普通だと思うけど……そんなに気になるなら話しかければいいじゃない」

「無理無理無理無理」

「男子の中でも話しやすい方だと思うよ」

「そういうことじゃないの! 推しとタダでお話ができるなんておかしいの! そんな世界線はあり得ないの!」

「その推しとせっかく同じクラスなのに」

「そうなんだけど、そうなんだけど……! 後頭部を見てるだけで幸せなの!」


 そんな会話をしていたと思ったら、夏休みに一緒に大津さんの試合の応援に行くことになって、その時にSNSのIDも交換することになって、私はもう天に召される思いだった。

 その後特にSNSで絡むことはなく(そもそも福島くんはSNSを更新しない)、それでもただ推しと繋がっているだけという状況は私をいつでも泣かせることができた。


 そんな私の推し、福島さつきくんは今生徒会選挙の真っ最中である。


 誰が生徒会長になるのかと、選挙が始まる前からみんなが噂していた。

 誰が生徒会長に相応しいか。学園全体を見るとみんな思い思いの候補者を挙げていたけれど、やはり最有力はB組の五峰ごみねくんだった。

 彼は成績優秀でスポーツも万能、顔もいいし人望もある。誰もが納得する生徒会長になることは明らかだった。

 そんな彼に対抗できる生徒はいないかと言われている中、立候補して注目を浴びているのが私の推しの福島くんだ。

 彼は去年までは積極的に生徒会を狙っている様子もなかったが、選挙が近づくにつれてどんどんと話題に上がることが多くなった。

 福島くんってなんか面白い人らしいよ、とか。実は一学期の期末テストで学年トップだったらしいよ、とか。先生からの評価も案外良いみたいだよ、とか。

 そんな噂を聞く度私は嬉しいような恥ずかしいような気持ちになったけれど、私が感じているこの気持ちと同じものは福島くんには伝わっていないんだろうなと思うとやっぱりちょっと切なくて泣けたりもした。


 そして投票日が迫るある日の夜、ついに福島くんがSNSを更新した。


『これからも頑張ります』


 そんな文章と共に、一枚の写真が投稿された。それは、福島くんが遠慮がちにピースサインを決めている写真だった。

 ひと言で言うとめちゃくちゃバズっている。コメント欄は超新星だのなんだのと福島くんを讃える言葉が埋め尽くされていた。

 これを見て、私はすぐ部屋を飛び出して実家のリビングに置いてあるパソコンを立ち上げた。私のスマホは容量が小さくてもう動画の保存すらできないから、このパソコンは専ら推し活用だ。


「えーっと……」


 インターネットで検索をかけるとすぐにそれらしき情報がヒットした。どうやらその文章と一緒に投稿された写真がどこかのまとめサイトに転載されているらしい。

 私はそれをクリックして読み進める。内容は福島くんが舞台の主役に抜擢されたというもの。私の推しは昔子役をやっていたらしく、最近また劇団に所属したと聞いていた。


「すごい……!」


 さすが推し。私はもちろん最古参。この功績が彼の生徒会選挙を後押しするに違いない。

 SNSで拡散されているのも納得である。


「これで福島くんももっと有名になる……。そしたら、私はもう遠くから見つめるしかないのかな」


 私は幸せなオタクだから、推しが幸せになってくれたらそれで十分なんだ。でもやっぱり少しだけ寂しいかな……なんてセンチメンタルに浸っていたら、スマホに着信が入った。やまぐっちゃんだ。


「もしもし?」

『あ、 日菜。今大丈夫?』

「うん。大丈夫だよ」

『実は少し協力してほしいことがあって』

「ん?」

『福島くんをバズらせるの手伝ってくれない?』

「はい?」

『これ見て』


 そう言ってやまぐっちゃんは私にあるURLを送ってきた。それは動画系SNSに繋がって、投稿者のアイコンには見慣れた顔があった。


「これって大津さんのSNS?」

『そう。今みんなで生徒会選挙に向けて福島くんのことを有名にしようとしてるの』


 それ舞台の告知映像だった。どうやらこの動画を大津さんがSNSに載せたらしく、それが瞬く間にバズっているとのことだ。これはもう一種のテロである。


「すごい! でも私が協力できることなんてあるのかな……」

『あるに決まってるよ。だって日菜はずっと福島くんのこと推してたじゃない。思うままに彼の魅力を発信してくれればいいんだよ』

「あ……」


 そうだ。そうだった。自分で最古参だなんて息巻いていたじゃないか。思うだけで満足なら推し活なんてやってられない。推しの語りたい推しポイントなんて山ほどある。

 これまでアイドルを推してきた経験をフル活用すれば、きっと福島くんの力になれる。


「やまぐっちゃん……私、やってみるよ!」

『うん、お願い。あ、SNSに写真や動画を載せるなら一応本人に確認してもらってからね』

「えっえええ! 私が直接福島くんに!?」

『今さら何言ってるの。ID交換したでしょ?』

「そそそそうだけどさあ! やまぐっちゃん代わりに……」

『ダメ。自分の仕事には責任持ちなさい』

「ああああああ!! 嘘ぉぉぉ!!」


 その後私がしたことは、やまぐっちゃんの指示通りに福島くんを推すためだけのSNSのアカウントを作ったこと。

 写真や動画を載せたいからと福島くんにDMを送り、『拡散してもいい?』という質問に対して、恥ずかしさで爆発しそうになりながらも許可を出したこと。

 大津さんとのトーク画面を開いて、彼女に福島くんの魅力をひたすら語ったこと。

 そして最後にまた『拡散していい?』という言葉に私がOKを出してしまったということ。

 つまり私は今、推しに自分の恥ずかしい推し活を見られることを許可したのだ!

 ああ……なんてことをしてしまったんだろう……。


『日菜、福島くんが日菜のポスト拡散してるよ』

「へっ!?」


 しかし後悔先に立たず。私の恥ずかしいつぶやきはなぜかバズりにバズった。通知が止まらないし、なぜか友達もフォローしてきた。もう止められない。勝手に動き始めた世界を止めることなんてできるはずがないんだ。

ああ、死にそう……。



♢♦︎♢



「あ、長崎。おはよう」

「お、おはよう」


 翌日、いつも時間通りに登校してくる福島くんにいつも通り挨拶をされた。私は平静を装うも、少し声が裏返ってしまう。


「僕驚いたよ。色々協力してくれたみたいで」

「え?」

「ありがとう、長崎」

「っ!」


 ああ……もうだめだ……。恥ずかしい。恥ずかしすぎて消えたい。今なら羞恥で死ねる気がする。むしろ誰か殺して欲しいくらいなんだけど!! そんな私の気持ちを知らない福島くんは柔らかく笑って続ける。


「長崎は誇張表現というか、ネット民を惹きつける文章が上手いんだね」

「う゛っ! それは……うん。そう、だね。あはは」

「よかったらこれからもよろしく頼むよ」


 そんなことを言って爽やかな笑顔を浮かべる推しに完全にノックアウトされてしまった私は、さらに推し活に励むのだった。



 その後、福島くんは見事に大バズり。

 主演舞台も無事千穐楽を迎えた。



 そして生徒会選挙の結果は――きっとみんなの想像どおり。







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