〘五十番星〙新生活・改
「さ~て!素晴らしい学園生活の幕開け、新学期よっ!」
ここはCMAことクリプト・マジェスティ・アカデミーの一年生の教室。
白やグレーを基調とした内装に、魔導具のネイビーと差し色の黄金が映える、モダンな空間だ。
現代的なデザインではありつつ魔導学校らしい、神秘的な雰囲気も感じさせる。
天井をゆっくり回転する魔導ランプは、この空間の魔粒子濃度を一定に保つ働きがあるらしい。狭い空間で魔術を多用するには必須の代物だ。
気配感覚が敏感な凛には、教室に美しい渦を描く魔力が心地よく感じられた。
ルカは教室の前方に設置されたスクリーンにでかでかと自分の名を書いた。
「改めて、アタシはあなたたち一年生の担任、ルカよ。気軽に『ルカちゃん先生♡』って呼んで頂戴ッ!!」
「センセー」
「……せ、先生」
「あら、つれない子たち!けどそういうのも可愛いわ」
ルカはにこやかに、少年に自己紹介をするよう促す。
彼は「オレかよ」などと悪態をつきながら、座わったまま口を開いた。
「バジル。バジル・シュレイバー。ホントはこんなとこ来るつもりなかったんだけど――ま、退屈な授業しないでくださいね、センセ」
ミルク色に所々青磁色が混ざっていて、ふんわり外側にはねている柔らかい髪。
前髪は額の真ん中で分けられている。
薄紫の瞳は挑発するようにルカを捉えていた。
ラフだが洒落た現代的な服装と大雑把な所作、それでいて雰囲気はどこか品を感じさせるのだから不思議だ。
「退屈に思えるような余裕なんてあげないから心配しなくていいわ、
ベタベタ甘やかすルカに、その変な呼び方やめろよなと吐き捨てた。
バジルの自己紹介が終わったので、次は隣の自分だろうと凛は立ち上がり、挨拶する。
「凛、です。えと……よろしくお願いします」
「よろしくね、
「いや、待て待て」
スクリーンに向き直るルカを慌てて止めるバジル。
「まさかとは思うけど一年生って……」
――――オレら二人だけなの!?!?
――なの!? なの!? なの!?
バジルの声が校舎中に、奇麗にこだました。
確かに、この広々とした教室には――たった二つの机と一つの教卓がぽつんと置かれているだけ。
殺風景と言ったらない。
「まあ…訳アリベイビーのための学校だもの。三十人もいたらアタシもお手上げよ」
去年の一年生なんて教室を三つも爆破した困ったちゃんたちで――などと肩をすくめる。
「わあ……」
セキュリティエリアで本人そのものが危険物判定されて、その上日常的に教室を爆破した――凛は二年生に会うのが恐ろしくなった。
「現に、冬の眷属がクラスメイトとか……まじで笑えんね」
その言葉に思わず少年へ視線を向けると、細められた薄紫と目が合ってしまい、凛は慌てて俯いた。
ある程度能力のある人は凛から冬の匂いを感じとるようだ。
魔王の手下だなんて侮蔑されるのは、とてもじゃないが快いとは言えない。
しかし記憶が無いのだから否定することもできずに、凛はただ黙っている。
「バジル。おしゃべりなのは結構だけれど言葉は選びなさい。次はないわ」
ルカが珍しく引き締まった声色と表情をするので、バジルはつまらなそうに、間延びした返事をした。
「それじゃ、校則を説明するわね。学生証四十三ページを開いて頂戴!」
すぐにいつも通りに切り替えたルカは、二人が校則について書かれたページを開いたことを確認すると、それを読み上げ始めた。
一、教室で乱闘しない。どうしてもやるなら校庭で、観客席を用意してから。
二、校舎を爆破しない。万が一爆破した場合は、爆破後の片付けと修復魔法の授業に強制参加させられます。
三、魔術で他人の宿題を消さない。相手が泣いた場合は責任を持って慰めること。
四、廊下での飛行は禁止。どうしても飛びたいなら、ホバリング十センチまで。
五、トイレで詠唱の練習をしないこと。個室が吹き飛び、校舎が水浸しになる被害が続出しているため。
以降もこのように珍妙な規則が並んだ。
「これは書いてないけれど、校内の自動販売機に自作のポーションを入れないこと!三年前に思わぬ健康被害が――――」
「校則って服装がーとかSLIM持ち込むなーとかそういうんじゃねーの…??」
こうして、実に愉快な(?)学校生活が幕を開けた。
☆ ☆ ☆
「これから座学を担当します、ミューズ先生と呼んでくださいね」
ミルクティーのような柔らかく長い髪を、後ろで緩くひとつに結った女性。
彼女は二人に分厚い魔導書や教科書やらを配り終えると、少しお話ししましょう、と再び教壇に立った。
「さて。なぜ界王女さまがこの学校を設立されたのか、お二人は分かりますか?」
ミューズは二人を見遣る。
「……オレみたいな、存在そのものを秘匿された家系の者が学ぶための場所ってことじゃないの?」
バジルの回答に正解だが満点ではないと返し、凛も答えられず黙っているのを見たミューズは再び口を開いた。
「答えはね、その力を正しく使って欲しいからなんです」
この魔界には能力を持って生まれても環境に恵まれずに、その力を人を傷つけることに使ってしまう者があまりにも多すぎる。
善とは、悪とは何か。
どうすればその力を善き方へ向けることができるのか。
道を踏み外さないよう教え、導く必要があるのだ。
「世界を滅ぼせてしまう程の大きな力。それはきっと、世界を救える力にもなりえるわ」
――――だからね。
「私たちはあなたにそれを教える。あなたは、それを忘れないで」
その後、魔導学科の授業が始まった。
ミューズ曰く最初の授業だから簡単なものから――とのことだが、凛にとっては難しいことばかりで、置いて行かれないよう必死に頭を回転させている。
「――――というのが、現在使われている
ミューズはしばし悩んでから凛を指名した。
凛は驚き慌てて立ち上がるが、その問いに対する答えを持ち合わせていなかった。
しばらく悩んでからとても言いずらそうに「分かりません」と零したのだが――――
「えっ、お前……そんなことも知らねーの!?!?」
凛へ向けて発せられた、少年の容赦ない言葉が校舎中に響き渡る。
当然凛は言葉を失い、ピシリと凍りついたように固まった。
少しの間ぽかんとしていたミューズも我に返り、咎めるように少年の名を呼ぶが、彼はあり得ないと首を横に振るだけだ。
「いやいやいや!! さすがに常識っしょ、どんな深窓の令嬢だってそんなこと知ってるって。お前異世界人かよって」
「そんな大口を叩けるということは完璧に答えられますよね、バジルくん」
口角の片方をピクピク引き攣らせるミューズ。
バジルはもちろん、と立ち上がり、自信ありげに話始める。
「『全知全能の能力をもって、対象の人生で最も不幸な出来事を一つ、一度だけ取り除ける』分かりやすく言えば、人生の最悪を回避させる――それがラプラスの加護」
一言一句、間違いのない完璧な回答だ。
ミューズは頷き、バジルに座りなさいと促してから、「間違いや分からないことを恥じる必要はありませんよ。それが学ぶということです」と凛に優しく諭す。
「いるよねー、知識の重要さにも気付けないバカって。正直引くわー…」
凛は表情をこわばらせ、眉間にしわを寄せる。
「……なに」
「お前さあ」
そう言ってバジルは椅子に背を預け足を組んだ。
「――なんでこの学校に来たの?」
学園生活が始まって一週間が経とうとしている。
初日から今日に至るまで、凛とバジルの仲が改善することは無く――あまつさえ会話すらない。
休み時間は(授業中もだが)二年生の教室がある階から何やら物騒な騒音が聞こえてくるというのに、一年生の教室は静まり返っていた。
これからきっと楽しい、だなんて凛の淡い期待はもはや消え失せ、淡々と授業や課題をこなす日々だ。
今日も今日とて、寮で目が覚めたら簡単に支度をして、校舎へ向かい、静かな一日になる――――
――はずだった。
「今週末は……毎年恒例、二泊三日の秋キャンプよ~~ッ!!」
イェーイ!!! とルカだけの声が教室に響いた。
なんて虚しい光景なのだろう。
あまりに気まずい空気の中、バジルがそろりと挙手をする。
ルカは待ってましたと言わんばかりに元気よく指名した。
「盛り上がってるとこ悪いんだけど、オレこいつと泊まりとかぜってー御免だわ」
「……先生、バジルだけ置いて行ってもいいですよね」
視線を合わせようともしない二人を見たルカは「とりあえず今回は二人とも参加ね」と困ったように笑う。
しかしルカには二人が相容れないということも分からなくはなかった。
担任として、以前から凛のこともバジルのことも陰ながら見ていたからだ。
――――だからこそ、分かり合えたならとても良いコンビになるとも確信している。
「これからの四年間ずっとその調子ってわけにもいかないでしょう。どこかのタイミングで歩み寄りなさい」
ルカは二人が互いの欠点を補い合える関係になると信じているのだが――――
「いえ、バジルと」「こいつと」
『仲良くなんてなれません!!』
声が被って、二人は不服そうにお互いを睨みつけた。
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