揺蕩うハティは星をたべた。《たゆほし》

冬路くじら

Prologue

〘Prologue〙Pleiades



「わたしね、あなたを待ってたんだよ。ずぅっと」


「私を…?」


「そう。あなただけを、あなたのためだけに」


鈴をころがしたような透明感のある声が、まるで誘惑するかのような甘い言葉を紡ぐ。


ハティと呼ばれた少女は目の前にいる待ち人と手を絡めた。

その手付きは我が子を撫でるように、包み込むように優しい。体温は驚くほど冷たいのに、暖かさを感じたのだ。



待ち人はその事実に心底困惑していた。

彼女がいきているなんて想像していなかったし、自分を恨んでいるものだと思っていたのだ。



「なんで…なんで私なんかのために」


「ちがう、『なんか』じゃない」

ハティは正面に立つ少女の柔い頬を両手で包み込む。


「わたしあなたが愛しくてたまらないの。弱いくせに強くて、誰かを導く光になりたいと願い努力するあなたが」



まっすぐ向けられた言葉に何を思ったのか、待ち人は自身の唇をぎゅっと噛んだ。


「…うそ、嘘だ。そんなの…だってあなたは――」


「嘘なんかじゃない。それに思うの、自分を愛すことに理由なんていらない…そうでしょ?」


宥めるように髪を撫でる。

そんなことをされて、もう待ち人はそれが偽りだなんて思えなかった。


それはとても素敵なことであると同時に、とても切ないことだ。

ハティは生まれた瞬間から今この時まで、ずっと待ち続けていた。

たった半刻にも満たない、短い邂逅を。


待ち人は思った。彼女が人生を捧げるほど、この時間に価値はあるのだろうか?

些と悩んだが、答えは出なかったのでそう思うことにした。


正直嬉しかったのだ。

彼女が自分のためだけに生きてくれたことが。



「…やっぱり、私がいけなかった。大事なものから逃げて…そのせいでたくさんの人が傷ついた」


少女は知っていた。逃げて後回しにしてきたことは、いずれツケとして回ってくることを。

しかしハティは責めることはしない。そのために自身が存在するからだ。

そして、待ち人がそれを知り受け入れてくれることを、何よりも願っている。


「‥‥‥‥」


だからこそかける言葉に悩んだ。責めはしないが肯定もできない。

それ故ただ黙って次の言葉を、答えを待っていた。



待ち人はしばらく考え込んだ後、何かを決心し顔を上げる。


「だけどこうやって自責の念に苛まれた時、私には――」



視線が絡み合うことはないが、意志の強さはちゃんと伝わった。


それはハティが想像していた…否、求めていたこたえ結末とは違う。

しかしその驚きと同時に、期待を超えてくれたという喜びが彼女の胸を躍らせた。



「それはよかった」


「…え?」


戸惑う待ち人の手を引き、出口へと案内する。




「さいごに」



――――ここに来てくれてありがとう。





簡潔すぎる遺言を残し、待ち人をそっと抱きしめエントランスから飛び降りた。

ふたりは重力に抗うことなく頭から落下していく。


この先ハティの青い瞳に待ち人が映ることはないが、それでも彼女は喜びを抱えたままだ。それなのに生暖かい液体が頬を濡らすのはなぜだろう。

彼女がその理由を知覚しすべてに満足したその瞬間、暗闇に光が灯った。


迷える船乗りを導き、旅を続ける人々に夢を見せる――そんな光が。





☆  ☆  ☆








ねえ、アステリア







あなたがどんな風に生きてきたのか











どうしているのか







私に知る術はない












でも聞いて












あなたが知っている頃よりずぅっと、私は強くなったよ






あなたが育ててくれた強さがやっと、やっと芽吹いたよ








だからほら、見て








星がひかってる








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