忍び寄る災難




 喧騒けんそうが耳障りだ。ファミレスを出た俺は、商業ビルの前にある休憩所で一人、ベンチに座っていた。


 目の前を若いヤツらが横切っていく。誰とも目は合わせないよう、彼らの足元にまで視線を下げていた。


「あのー、聞いてます? このあと一緒にお茶とか……」


 これで何度目だろう。化粧の濃いネエちゃんたちに逆ナンされるのは。


 無視を決め込んでいると、ネエちゃんたちは勝手にイライラし始める。


「はあ、もう行こ」


「ちっ」


 全身に冷たいものがかけられた。色からしてミルクティーだ。


 頭と服にひっかかった氷を払い落とす。


 あーあ、結構高い服なのに。もったいないことしてくれやがって。


「無視すんなよ。てめえなんてツラだけだろ、ふざけやがって」


 カラのカップが俺の頭に当たって、地面に落ちた。ちゃんとごみ箱に捨てて行けよ、そういうとこだぞ。


 ……ほらな? こうなるんだよ。


 相手にしなかったら、なにもかも吐き捨てて去っていく。どうやっても無傷じゃ済まねえんだ。俺に近寄ってくるヤツはろくなもんじゃねえ。


 もっと愛想よくすればいいのにって? ばか。俺が今までそうしてこなかったとでも思ってんのか。愛想よく別れたところでストーカー化させるだけだ。


 顔もよく知らない女からいきなり弁当渡されるような男なんだぞ。どう対処しようが悪いほうに転ぶんだよ。


「……あーあ」


 濡れた体を見下ろしながら、ため息をつく。


 今は、たとえどんな美人だろうと、ついていく気にはなれなかった。


 別に、あいつの言ったことを気にしてるわけじゃない。ただ、そういう気分じゃないだけだ。


 とはいえ、現在無職の俺は、女に養われないことには生活できない。昨日寝た女からお小遣いをもらっちゃいるが、これだけじゃ心もとなかった。さて、これからどうしたもんか。


 ふと、俺の体に影が落ちる。顔を向けると、黒スーツでガタイのいいおっさんが、俺を見下ろしていた。

 任侠にんきょう映画によくでてきそうな、コワモテで、浅黒くて、一目でただもんじゃないのがわかるような――あ、うん、これはヤバい人だ。


 そう認識したときにはもう遅い。いつのまにか、同じような男たちが俺を囲んでいた。やばいやばいやばいやばい。こいつは危険だ。絶対ロクなことが起こらねぇ。


 誰かに助けを求めようにも、みんなおっさんたちを避けて遠のいていく。


 いつだってそうなんだ。いつだって、俺のところにくる男たちは、俺にとって敵にしかならない。


「……ヒナタ、くん?」


 最初にいたおっさんがかがんで、にらみつけるように顔をのぞきこんでくる。さすがに目は合わせられなかった。


「はい……」


「ちょおっと、きてくれるかな?」


 口調は優しいのに、うなるような低い声だ。


「なんでですか?」


「なんで? そんなの聞かなくてもわかってるだろ?」


 こええ。ついていったら絶対殺される。


 なんでだ? 身に覚えなんて……男に嫌われる理由なんてありすぎて見当がつかねえぞ。


「おじさんたちもね、こんな場所で手荒なことしたくないんだ。……ついてきてくれるよね?」


 おっさんは、取って付けたような笑みを浮かべた。


 うなずいても地獄、断っても地獄。


「……わかりました」


 断れるわけがなかった。こういうとき、流されるしかない。経験で学んできたことだ。これ以上ごねても、もっと痛い目を見るだけだから。


 ……どうせおれには今、帰る場所もない。


 覚悟を決めて、立ち上がる。


 もっと抵抗すると思ってたんだろう。おっさんたちは俺に、少しだけ、意表をつかれた顔を向けていた。


「素直な子は嫌いじゃないよ。じゃあ、行こうか」




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