死にたがり予言者と迷える子羊たち

冷泉 伽夜

THE DEVIL ~星空の出会い~

真夜中のゴミ捨て場で 1




 ゴミ袋の山に蹴飛ばされた。


 地面にずり落ちて頭打ったしマジで最悪。くせえしいてえし起き上がれねえし。頭がぐらぐらするし、胃の中の酒がせり上がってきた。ずいぶん酔いが回ってんなこりゃ。


 あー、くそ。まためんどくさいことになっちまった。


「……おい。なんか言い訳ぐらいあんだろ? なあ?」


 俺をゴミ山につき飛ばしたヤツの顔が、逆さまに見えた。頭上でしゃがんでいるのは、スーツ姿で汚い茶髪の気取った野郎だ。


 その後ろから、似たような格好のやつらがのぞきこんでくる。真夜中の、光が入ってこない路地裏の行き止まりだから、そいつらの顔はよく見えねえ。


「おら。黙ってんじゃねえよ。俺の客寝取った言い訳、聞かせろや」


 うるせえな。俺だってわかってたら寝てないわ、ボケ。


 なんて、このタイミングでは言えねえよな。ってかそもそも体が痛すぎて声も出せねえ。


 さっきまでさんざん、殴られてたからな。声出すついでにゲロも出そう。


「まあ、しょうがねえよなぁ。おまえ、ツラしかいいもん持ってねえもんな? 枕やったほうが楽だよなぁ?」


 茶髪野郎が、俺の両頬を片手でつかみ、揺らす。


 そーですね。しょせん俺はツラで生きてるような男ですよ。でも、あんた、ツラしか持ってない男に負けたってことじゃん。こうやって暴力でしか解決できない単細胞じゃあそりゃモテんわ。


 俺の考えてることがわかったのか、暴力茶髪野郎は舌打ちし、手を振りかぶって俺の頬をひっぱたく。


 破裂音で鼓膜やぶれそう。女にされるよりも強力。鼻血が頬を伝って地面に落ちていく。でも頭と腹痛いのに比べたらかわいいもんだわ。


「は~、マジでイライラするわ、おまえ」


 ゴミ捨て場のゴミ、たばこと酒、それから甘ったるいイキった香水。全部が混ざり合って鼻に入ってきてたのに、喉に流れ込んでくる鼻血のせいで、もうわけわかんねぇ。


「返事ぐらいしろや。謝罪とか土下座とか俺にすることいっぱいあるだろうが! すかしてんじゃねえぞ! ほんとに口きけなくしてやろうかてめえ!」


 茶髪野郎は立ち上がった。汚物を見るような目で俺を見て、革靴の音を響かせる。俺の腹の前で、止まった。


「……ほんといい加減にしろよ。枕する客は選べよなっ!」


 わき腹を襲う衝撃。ただでさえボロボロなのに、中にある臓器全てが激しく揺さぶられていく。


 逃げようとして体を伏せると、腹のど真ん中に直撃した。


「この野郎っ! ばかにしやがってよっ! 売り上げも大したことねえくせに!」


 何度も何度も蹴りあげられれば、痛みと吐き気で動けねえ。喉に上がる苦いもんを出さないよう耐えながら、はいつくばって路地裏から出ようと進んでいく。

 何も考えられない。止まらない鼻血をぬぐう余裕もなかった。とにかく必死だ。


「おい! マオさんのメンツ潰しといて逃げてんじゃねえぞ!」


 俺の頭を蹴る茶髪野郎の下っぱ。舌噛んだ。くそが。サッカーボールじゃねえんだぞ。


「おいおい、顔はやめとけ顔は。見えるとこに傷がつくのはかわいそうだろ~」


 半笑いの声に、激しい怒りがこみあげてくる。


 それ以上に体が痛すぎてどうすることもできない。必死に呼吸を繰り返し、今の状況を耐え忍ぶ。


「ふぅー……うぐぅ……」


 狭い路地裏の中、下っぱたちの笑い声が響いた。


「うぐぅ、だって~!」


 ゲラゲラと下品な声だ。


 必死な俺のどこがおもしろいんだよ、このカスが! そんなんだからモテねえんだぞ、おまえら!


 髪を握られ、無理やり頭を上げられた。目の前には、イキり茶髪野郎がしゃがんでいる。


「いっちょ前に生意気な態度とんなよ。おまえ、何しでかしたかわかってんの? ……おい、聞いてんのかよ! ああ?」


 怒鳴り声に耳がビリビリする。ああ、もう。髪も頭も腹も耳も全部いてえ。俺まじでぶっ殺されんのかも。


 頭を揺さぶられながら、俺の目は上を向いていた。茶髪野郎の後ろ、空高くに、小さい月が浮かんでいる。まん丸の月だ。淡く、静かに、俺を見返していた。


 この薄汚い街の中でも、あんなもんが見えるんだ。


 ……きれいだな。


 あ、やべえ。とうとうおかしくなったかもしんない。


「てめえ……話聞いてんのか!」


 唾を吐き散らす声に、視線を戻す。


 茶髪野郎の、いじりにいじって人間味のない顔面が、ゆがんでいた。


「入ってきたときから思ってたけどよ。てめえのツラ、ムカつくんだよ! 俺たちのこと見下したそのツラがよ! いっそぐちゃぐちゃにしてやろうか! ああ?」


 あー……すみませんねぇ、俺の顔が整いすぎちゃって。美しさは罪、とはよく言ったもんで。


 言葉が出ねえ代わりに思い切り口角を上げてやる。茶髪野郎の顔に青筋が浮かんで、唇がぶるぶると震えていた。


 うん、見ものだ。


「こいつ、バカにしやがって……。人の客寝取った分際で! もっと痛い目見ねえとわかんねえみてえだな!」


 振り上げられた、指輪がはまるこぶし。煽る下っぱたちの、下品な声。


 ……殴るなら、いっそのこと殴り殺してくれよ。そんな度胸も、ねえくせに。


 徐々に近づいてくるこぶしより先に、何かが俺の顔面に張り付いた。


「わぶっ」


「ああ?」


 なに? なにが張り付いてんの?


 まさかの状況にパニックだ。


「マオさん! やべえっす。人が……」


「んだよ、どいつもこいつも邪魔しやがって」


 クソバイオレンス茶髪野郎は、俺の頭から手を離す。俺はというと、顔に張り付いてるものをはがした。気になってしょうがなかった。


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