黒白戦記(『鴉鷺物語』より)

否きよし

【前口上】

 さても一座の皆様方ッ——私奴わたしめごときサンカク野郎がシカク四面のやぐらのうえデ、音頭取るとはおそれながら、国のなまりやコトバの違い、趣味のワルさやがくのなさ、世代のギャップや親父ギャグ、ダジャレ、戯言ざれごと、しばしばあれど、ヒラにその儀はおゆるシなされ… 赦シなされば文句に懸かるが宜しかろうヤ——!


 而して思考せば——黒松の木立ちに騒ぐカラスの声は、阿弥陀如来の法を説くコトバなりと申しますれば、白雨びゃくうみぎわに立つシラサギの姿もまた白衣びゃくえ観音の化現けげんにほかならズと申しまス。

 ふと耳を澄ませば、見め麗しき地下アイドルのスカ屁に念仏を囁く声を聞き、じっと眼を凝らせば、白磁のごときオヤジのハゲ頭に霊験の映ずるを見ル… 仏道に曖昧と判じるところなく、仏法の投ずる真理は鼻クソやチンカスのごとく、世の中のアッチャコッチャに在るのでございまス。


 先人の語り遺したところによりますと、悟りを得たる者にはなんら特別なさまがないそうでございまして、われら愚昧な労働者ショ君とおなじく、その足には水虫も湧けばウオノメもできますル。イボ痔になるかも知れませんし、花粉症に悩まされるかも知れません。むろん屁もコキますル。

 いわンやその姿、遠・近・乱視、老眼のいずれを以ってして、ヒト以外の何者をも認むることあたわズ、その声、モスキート音を聴き分ける若者でさえ、人語以外の何事をも聞くこと叶いませヌ。

 その心は、時にマイ・スイート・ハートへのヤキモチや未練にモヤモヤしたとて、情念のとりことなることなく凪いだ印旛沼の水面みなもに似て、時にハニートラップや闇バイトへの誘いに惑わされつつ、道を踏み外すことなく松林を吹き渡るスカ屁のごとし——


 そもそも、天地開闢てんちかいびゃくのち、おサルのルーシーが天上天下を指さしてアフリカの大地に七つの足跡を刻んでからというもの、三皇五帝の神話の時代から、天はその慈愛に浴シ、四つの海はその道理に従いました。王臣法に正しく、孝行の想い片時も忘るることナシ… 世は泰平にて、高度経済成長、所得倍増、巨人・大鵬・玉子焼き、ブリキにタヌキに洗濯機… その栄華はまさに永遠に続くかとも思われました。

 されバとて、人の心は何処いずこより来たりて立ち停まることなく、去り行くとも辿り到くところナシ… 因縁にて生じたすべては夢まぼろし、湯舟に浸かりながらり散らかしたスカ屁の泡のごとく消え去ルのみ——

 やがて周の時代に到り、千年の泰平は砂上の楼閣に、道理や規範は水を抜いた稲田のごとく枯れ、王道はすっかりスカ屁果てて——や、すたれ果ててしまったのでございまス。


 民を治め、世を治めるには、『文=理知』ヲ左ニ、『武=兵法』ヲ右ニスとこそみえたれ、たとえば人ノ手の如シ… まつりごと乱れたる時には、『文』によってれをただシ、異敵現れたる時には、『武』によってこれを打ち払う… 『文武』は鳥の二翼のごとく、いずれが折れても泰平の世の叶うことナシ——


 とは申シましても、世の中が平和なら『武』はどうあってもとなるほかございませン。戦のない世にあって、『文』に重きがおかれ『武』が軽んぜられるのは当然のこと——その逆もまた然りでございまス。

 さレど、翼の軽重が左右いずれかに傾けば、鳥は飛び立つことも叶いません。傾いた側には慢心がきざし、傾かれた側は、『文』であれば諦念を、『武』であれば憎悪を抱く——

 そもそも、『文』と『武』とは反発しあうのが常でございまして、それぞれが睨みあい枷となることで、それぞれの慢心が防がれるのでございまス。然るニ、『文』が慢心すれば陽だまりのなかで温々ぬくぬくと肥大し、その樹幹を腐らせる… 軽んぜられた『武』は寛容のタガを外し、誅する向きを見誤る——


 李さんの老子くんの五千言の道徳は、乞食坊主から呵呵からから笑われ、王権におもねる孔子の爺ちゃんの説教は、生者を為す術なく死に追いやるばかり——

 いまやのたまわった「これみちびクニ徳ヲ以ッテ」したはずのは、すっかりついえ去ってしまったのでございまス。そればかりか、お釈迦さまの五千巻の経文は、カタギの人間にせせこましい生き方をいつつ、木魚を叩くしか能のない坊主どもの飯のタネになり下がる… 五千人に食をたまわせた福音書には、死んだはずのイエスが空きっ腹に堪えに堪えに堪えかねて墓穴を這いだし、弟子どもに「なんか喰わせてチョーダイ」とネダッて、焼き魚をむさぼり喰らうホラーが描かれル——ぷふい!

 くつを拾った報いに、黄石こうせき公から太公望の兵書を託された張良は、その武略を後世に遺すも、それはまた人を欺き、命を奪う算段に用いられる——

 四書五経エチケット本は道を糺スより先にその欺瞞が暴かれ、六韜三略戦争マニュアル本は異敵を滅ぼす法を説くも、自壊自滅の道をも照らしだす——

 心卑しき者らは君子を嘲り、君子もまた心卑しき者らを蔑ム… 愚者が智者を嫉めば、智者は愚者を疎んズる… 君臣官民いずれも道理に背き、万引き、ネコババ、親不孝、児童虐待にインサイダー取引、オレオレ詐欺からパー券販売による裏金づくりに到ルまで、誰も彼もが悪事を犯すことお構いナシ——


 然ルあいだ、飛禽走獣、天翔けるハヤブサから地を駆るオオカミ、オカメインコからオカチメンコに到るまで、血肉を賭して争う世と相成らン!

 かくして、烏鵲うじゃく元年長月、都を舞台に古今未曾有の戦乱巻き起これリ!

 その発端を、クレタ島の迷宮でアリアドネの糸玉にネコがじゃれるがごとくニャゴニャゴニャ~ゴゴロニャ~ゴと紐解けば、さるカラスの若君とシラサギの姫君との淡く幼き恋物語にアリとぞ受け給ハル——!


【第一】につづく——



◆底本——※全話共通

 作者不詳「鴉鷺物語」『新日本古典文学大系54 室町物語集 上』所収、岩波書店 1989年


◆参考文献

 王崑崙「布袋和尚呵々かか令」、馮夢竜 撰・松枝茂夫 訳『全訳 笑府(上)中国笑話集』岩波文庫 1983年

 塚本虎二 訳『新約聖書 福音書(電子書籍版)』岩波文庫 2018年

 埴谷雄高『死霊Ⅲ』講談社文芸文庫 2003年

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