紅の悪女は幕引きを望み、翠の皇子は幕開けを願う〜邪仙女麗麗世直奇譚〜
安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!
壱
昔々……と言っても数年前のこと。
悪女は有名な仙家で修行を積んだ立派な術師であったという話ですが、彼女は我欲から邪術を極め、その邪術を用いて王を始めとする国の重鎮達を操り、非道の限りを尽くしました。
彼女が進む先には富の山が、彼女が歩いた後には死屍累々が積み上がり、犠牲となった民の血が河となって流れました。
何人もの勇気ある者が悪女に立ち向かいましたが、誰も敵いませんでした。それも当然。悪女は国を牛耳る以前は、呪術界屈指の名門仙家の一番弟子だったのです。
しかしある日、ついに悪女に裁きの鉄槌を降す者が現れます。
皇子を旗印に、ついに民は立ち上がります。その大地を揺るがすような
数多の民と術者が『打倒悪女』を掲げて琳の王宮に
悪女が繰り出す邪術を師より下賜された宝剣で切り伏せ、数多の敵を
悪女が身につけた紅衣よりも鮮やかな鮮血に、民は狂喜乱舞しました。これで平和な時が戻ってくるぞ、もう怯えることはないぞと、都中の人間が喜びを叫びました。
……こうして『紅の邪仙女』
めでたし、めでたし。
──って! なる予定だったのになぁー! なぁーっ!!
飯店の片隅に座した
こんな所で姿をさらけ出してしまった暁には、どんな目に遭うか分かったものではない。ここが都から遠く離れた地であろうとも、油断なんてしていられるものか。
「麗麗、どうした」
そのままズルズルと卓に突っ伏した麗麗の向かいから涼やかな声が落ちる。低く、清廉でよく通る声は、まるで深い森の奥を流れる清らかな清水のようだ。
こんな目に遭った後でさえそう感じてしまう自分が、いっそ憎い。
「腹でも痛いのか」
どこか
──本っっっ当に、腹立つほど顔がいい……!
氷のように冷たく整った顔をした男だった。基本的に表情がない顔には今、若干心配そうな雰囲気が漂っている。
光が差し込むと翡翠のように深い緑色にも見える黒の瞳。髪は深い漆黒で、後頭部の高い位置でひとつに
纏った暗色の外套こそ旅塵に
「……
この男の趣味で揃えられた己の衣のことを思い出し、麗麗は
──よくよく考えなくても私、真に隠さなきゃいけないのは顔よりもこの装束なんじゃない?
「では、痛いのは首か?」
「麗麗、無理は良くない。今日はもう部屋を取るから休もう。ともに寝台に並んでゆっくり傷を見せてほし」
「私の首を
男にしておくにはもったいないくらい美しい手を、麗麗は容赦なくピシャリと払い落とした。ついでにジトリと睨み上げてやれば、なぜか男はほんのりと頬を赤く染める。
「あと、何でさり気なく同じ寝台で休むことが前提になってるのよ」
「では、いつになったら同じ寝台で休んでくれるんだ、麗麗」
「一生ない。いや、もう私の一生は終わっちゃってるからこう言ってあげる。来世の一生でもない」
「では、てっとり早く既成事実を作るためにもともに」
「なお悪いわっ!! てか『では』って何よ『では』って!!」
ここ最近定番となりつつある噛み合わない会話に溜め息をつきつつ、麗麗は仕方がないから体を起こした。この体はすでに死んでいるというのに、こめかみに走る鈍痛が止まってくれない。
「というかね、そう何回も麗麗、麗麗って呼ばないでくれる?」
麗麗からの苦言にキョトンと首を傾げる目の前の男に……幼い頃から腕を競い合った好敵手であり、人生の最後で対極の立場に立つことになった幼馴染に、麗麗は今日もピッと指先を突き付ける。
「死んだはずの『紅の邪仙女』
「麗麗、『ただの旅』ではなく『新婚旅行』だ。さらに言えば『お供』ではなく『花嫁』」
──ダメだ。まったく話が通じてない……!
あまりの通じなさに突き付けた指の先までプルプル震えていたら、なぜか翠熙は伸ばされた麗麗の指をそっと握りしめてきた。
違う。何がどうなったらそんな反応になるのか。
──えぇぇもう! いつからこんなに話が通じない人間になっちゃったのよ翠熙ぃぃぃっ!!
麗麗は今日もプルプルと理不尽に震えながら、こんな日々の始まりに思いを馳せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます