第9話


「がぼっ」


 連絡通路を逆走するように転がり、やがて減速して倒れ伏す。衝撃で内臓を傷つけたらしい。間宮は食べたばかりの物と共に鮮血を吐き出した。

 凶器はボール、否、それには目も鼻も口もある。どう見ても生首だ。男子生徒の生首が間宮の脇腹にめり込み、その華奢きゃしゃ体躯たいくを吹き飛ばしたのだ。あまりにも斜め上な答えだが、紛れもない事実なのでどうしようもない。


「ご、ごめんなさい……あた、し……」


 間宮は白目を剥き、そのまま昏倒してしまう。最後まで謝罪の言葉を呟き、一粒の涙をこぼしながら。

 人の頭部の重量はおおむね五キログラム前後。ボーリングの玉を想像すると分かりやすい。それが剛速球で直撃したのだから、内臓破裂や粉砕骨折もあり得るだろう。〈怪異持ち〉特有の耐久力がなかったら致命傷だったかもしれない。もっとも、楽観視可能な怪我でもないはずだ。早く治療しなくてはいけない。


「あれれ~、弱すぎてびっくりだぞ~?」


 男子生徒の嘲笑ちょうしょうが響く。その発生源は体育館の中から――ではなく、連絡通路に転がる首からだ。

 生首がしゃべっている。


「ま、オレの“スーパーエキサイティング・シュート”には敵わないか。梅組相手だしこんなものだよね」


 生首が自立して転がっていく。ゴムボールのようにぽんぽん跳ねて、体育館の中へと戻る。行き先は首無しの男子生徒だ。一際高くバウンドすると、首は元の位置にぴったりと収まった。


(融合している怪異は生首ドリブルだね)


 ツーブロック頭の男子が宿すのは生首ドリブル――その名の通り、サッカーボールの代わりに己の首を蹴る怪異だ。放課後の校庭に少年の姿で現れるという。

 そして彼の能力は、自身の首を用いて強力なシュートを打ち込むという攻撃技らしい。〈怪異持ち〉故か〈怪異能力〉の特性か、思い切り蹴っているのに頭部は無傷。脳にもダメージはないらしい。肉体を切り離すリスクを背負ったことで、絶大なパワーとタフさを得たのだろう。


「……お前達は?」


 歩み寄ってくる二人の男子生徒を見据える。

 生首ドリブル男の隣にいるのは、対照的に不健康そうな顔色をした細身の男子だ。ねっとりと粘ついた笑みを浮かべている。


「オレの名前は吉川きっかわ勢一せいいち。で、こっちは」

篠原しのはら歳都さいと。僕達二人とも竹組のBクラスなんだよね。よろしく……ぐふふっ」


 多種多様な〈怪異持ち〉が跳梁跋扈ちょうりょうばっこする〈鉄檻〉では、その能力によって松竹梅のクラス分けがされている。

 松が優等生、梅が劣等生。間に挟まれた竹は平均的な能力値の生徒が集まっている。また人数が多いため二つに分けられており、合計すると四十人の大所帯だ。そのため、AとBと表記されているが、能力の優劣にほとんど差はないらしい。


「それで、何故間宮を攻撃した?」

「いやぁ、ぶっちゃけその女はどーでもよかったんだけどねー。庇って勝手に割り込んだのが悪いってかんじかな」


 ツーブロック頭の男子――吉川は悪びれる様子もなく軽薄な態度をとる。

 最初から俺が狙いで生首を蹴り込んできたらしい。喧嘩けんかを売られている、と判断してよさそうだ。


「落ちこぼれの梅組に滅茶苦茶めちゃくちゃ強い転校生がやってきたって噂があったから。ぐふっ、それが君なんでしょ?」


 細身の男子――篠原がぼそぼそと小声つ早口で言う。実に聞き取りづらい。

 どうやら不良達を叩きのめした一件が、彼らの耳にも伝わっていたらしい。人の口に戸は立てられぬ、といったところか。悪目立ちした影響が早速表れてしまった。


「ってことはさー、お前を倒せばオレらにも箔がつくじゃん?」

「手合わせ願いたいと思っていたら、君の方から来てくれたんだ。ふひっ。是非一勝負させてもらいたいね」


 別にお前達のために体育館を訪れた訳ではないのだが。

 それに不意打ちをしておいて、どの口が「手合わせ願いたい」なのか。対等な条件で正々堂々勝負して、尚且なおかつ勝利を収めなければ意味がないだろう。まさか〈浄霊師〉の世界はルール無用、などと言い出すまい。


(あれこれ難癖つけてくる、この二人がおかしいだけじゃないかな?)


 どちらでもいい。

 こんな奴らのくだらないプライドのために戦う気は毛頭ない。怪異を召喚する気はもっとない。ハイリスクゼロリターンなんて馬鹿げている。

 時間の無駄だ、と俺はきびすを返そうとしたのだが、


「“洗脳せんのう錯乱さくらんくろまき”!」


 立ち去るより早く、篠原の背中に黒いリングが出現する。うぞうぞと不気味に蠢動しゅんどうするそれは、寄生虫のようにのたうつ髪の毛の集合体だ。

 輪を構成する内の一本が高速で射出される。生首蹴りほどではないものの、目で追うのがやっとのスピードだ。

 髪の毛虫は、倒れ伏す無防備な間宮へと打ち込まれる。首筋、色白な肌に突き刺さると、ずるりと内部へと潜り込む。途端、侵入口を起点に、黒い筋が何本も浮き上がる。彼女の皮膚ひふ上におぞましい文様が描かれていく。


(今度はかんひもの能力だね)


 かんひもとは、髪の毛で編んだ腕輪状の呪具じゅぐと、それに纏わる怪談を指す。腕にめるとほどけて体内へ侵入、いずれは脳に至るというまるで寄生虫のような性質を持つとされている。

 その逸話通り、髪の毛虫を寄生させて、対象を自由に操作可能になる能力らしい。間宮は幽鬼ゆうきのように立ち上がると、心ここにあらずの足取りで篠原へとすり寄っていく。


「なんのつもりだ?」

「逃げる選択をするのは君の自由さ。でもさぁ……ふひひ、いいのかなぁ。この子を置き去りにしちゃっても大丈夫かなぁ?」


 要するに人質のつもりか。

 俺に勝負をさせるため、間宮を盾に断れないようにする。この分では、形勢不利の際にも同様のおどしをしてくるだろう。誘いに乗れば思うつぼなのは明白だ。

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