第7話


「オイオイオイオイ。これじゃあにっちもさっちもいかねーじゃねーか。授業クラッシャーかコラ」


 溜息をついたミスターTは、心底面倒くさそうに悪態をつく。


「お前みてーな規格外の生徒は、学園の歴史上初めてだよ。まったく、やりづらいったらありゃしねーな」


 発足から一桁年数なのに、さも伝統があるような言い方をされても。

 それに、規格外と評価されたところで何の価値もない。強大でいつ暴れ出すとも知れない怪異を抱え、しかもそれを〈怪異能力〉として昇華できない〈怪異持ち〉。ポンコツもいいところだ。


「はいはい、二時間目は終わり終わりー。あとは自習ってことでよろしくー」


 大してなかったやる気も完全に失せたらしい。ミスターTは瓶詰の怪異を回収すると、さっさと教室からおさらばだ。もちろん、寺骨に殴られながらである。せめて座学に変更しよう……なんてつもりはないようだ。だからちゃんと仕事しろ。





「あの、よければ学校の案内をします」


 昼休憩の時間、いじめられっ子がやってきた。恥ずかしいのか緊張しているのか、ほおと耳はトマトみたいに真っ赤だ。


「ええと、君は」

「ま、間宮まみや留見るみです。さっきは……その、ありがとうございます」


 いじめられっ子――間宮はぺこりと小さく頭を下げる。ふわりと持ち上がるボブカットが可愛らしい。まるで小動物だ。


「それと、ごめんなさい」

「どうして謝罪を?」

「だって、巴坂君に迷惑をかけたから……」


 そういう意味か。

 彼女からすれば、自身の問題に巻き込んで手をわずらわせてしまった、という感覚になるのだろう。


「別に気にする必要はない」

「き、気にしますよっ。だって、あたしがちゃんとしていたら、巴坂君が〈怪異能力〉を使わなくてよかったはずだし。……なので、せめてお礼に、学校の案内をしようかなって。あたしにできることって、それくらいだから」

「……そうか。なら頼む」


 無下むげに断るのも忍びない。後々に禍根かこんを残しそうだし、彼女の自尊心を傷つけてしまいそうだ。好意は素直に受け取っておこう。

 それに、〈鉄檻〉について右も左も分からないのもまた事実。昼休みの暇つぶしがてら歩き回るのも悪くない。


「じゃ、じゃあ行きますよ。ついてきてくださいっ」


 ふんすと鼻息を鳴らすと、間宮はぎこちない動きで先導役をする。彼女にとっても慣れないことなのだろう。若干無理をしている印象は否めない。

 学生食堂までの道中、間宮は時折立ち止まり設備を紹介してくれる。


「ここが図書室です。怪異の研究に関する書籍とか論文がいっぱいあって……あ、でも普通の本もありますよ。小説とかレシピ本とか。あたしもよく利用しています。それに、静かな場所だから、よくここで勉強しますね。なんて、成績の悪いあたしが言うのもおかしいかな……あはは」


 引き戸を開けてそっと覗いてみると、圧倒的な蔵書量に圧倒されてしまう。表に出ているだけでも相当数ある。閉架へいかの物も含めればいかほどになるだろうか。地元の図書館とは大違いだ。といっても、俺の地元はかなりの田舎なので、単純な比較対象にならないかもしれないが。


(といっても、ここの蔵書だって完璧じゃない。怪異の全てを網羅しようなんて、土台無理な話だ)


 それでも、怪異の最前線だけあるだろう。

 今後の研究次第では、資料は何倍何十倍にも膨れ上がる。〈怪異持ち〉と〈怪異能力〉関連となれば尚更。新たな概念で未知ばかりの分野であり、俺達を観察しているだけでも新情報が舞い込んでくる。ある意味、〈鉄檻〉は巨大な実験場で、生徒は人の形をしたモルモットなのかもしれない。


「こっちはスーパーマーケット。食材と日用品はここで買うの。お昼ご飯は学食で済ませる人が多いけど、朝と晩は自炊が基本だからね。一応、お惣菜とかカップ麺も売っているけど」

「支払いはどうしているんだ?」

「学生用のポイントだよ。あれ、先生から聞いてない?」

「あぁ……確かに言っていたような」


 教室に行く道すがら、寺骨から手渡されたスマートフォンがあった。ミスターT曰く、学園で暮らすのに必需品とのこと。つまり、連絡手段であり情報源でもあり、そして財布代わりにもなるということか。

 ポケットから黒く無個性なデバイスを取り出す。間宮も同じ物を使用しているが、吊り下がるアクセサリーが相違点だ。紛失時に困らないよう、自分の物と示す印をつけたのか。それとも、ただ可愛いからとデコレーションしただけか。ウサギモチーフのマスコットがゆらゆら揺れている。


「レジでスマホをかざして決済するんだよ。でも、問題はポイントの方かな。一ポイント一円くらいの価値で、毎月初めに一万ポイント配布されるんだけど、節約しないといつも月末苦しくって……」

「そうなのか」


 羽目を外して豪勢に使えば痛い目を見る。よくある話だ。質素倹約を心掛けていれば心配ないだろうに。

 俺の場合、今まで通りの生活をすれば良い。嗜好品しこうひんを買う予定はないし、金のかかる趣味もない。必要最低限の物資だけ購入すれば済みそうだ。


「それで、ここが食堂。あたし達は大抵ここでお昼ごはんを食べているの」


 訪れたのは二十五メートル四方程度の空間。特段目立つようなところのない、よくある学生食堂といった風情だ。

 ホワイトボードの立て看板には、本日のメニューが走り書きで記されている。豚の生姜しょうが焼き定食らしい。他に選択肢はあるのかと視線を巡らせるも、他にメニューらしき物はない。先客達も皆同じ物を食している。どうやらこの一品だけらしい。小学校時代の給食が脳裏をよぎった。

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