第6話
※
と、決意を新たにしたばかりだというのに。
激情に任せて怪異を召喚するのはこれで二度目。意志薄弱にも程がある。この調子では三度目もありそうだ。
腰巾着の女子がギャルカップルを介抱している。市場の冷凍マグロよろしく教室の床に並ぶ二人は、白目を剥いて絶賛気絶中。手加減をしたつもりだが、慣れない上に勢い任せの召喚だ。想定外の力が出てしまったのだろう。騒動の
「二時間目を始めるぞー」
そうこうしているうちに、ミスターTがのっそり猫背で戻ってくる。眠たげでやる気の「や」の字も感じられぬ面持ちだ。
教室の惨状に小言の一つでもあるかと覚悟していたが、
「本日の課題は――コレだ」
どん、と教壇の上にガラス
(なぁんだ、無名の怪異の詰め合わせか)
瓶に入っているのは野良の怪異だろう。どこかの事故物件あたりで生まれた、
「こいつらから授業時間いっぱいまで逃げ切ること。ただし、教室から出るのは禁止ってことで。ルールは理解したな?」
説明もそこそこに、ミスターTが瓶に手をかける。
ぽんっと小気味よい音がしてコルクが抜かれた。途端、怨念渦巻く霧状の怪異が噴き出した。老若男女が混ざり重なり合い、身の毛もよだつ
「ちょ、マジでヤバいヤバいヤバいって!」
「いつの間に授業始まってるんだよ!?」
マンホールギャルが飛び起きて、続けてギャル男が慌てふためく。気絶したまま無防備なところを襲われたら大変だ。二人は冷や汗を垂らしながらも、すぐさま臨戦態勢に入っていた。
(さすが腐っても〈怪異持ち〉だ。復帰からの立て直しも早いね)
無名の怪異は瞬く間に流れ出て、教室の空気をどぶ色に侵食していく。
この授業の狙いは、〈浄霊師〉見習いとしての戦闘能力向上なのだろう。この程度の怪異相手に苦戦していては話にならない、ということか。理屈は分かるがあまりにも力業だ。もっと段階を踏んで教育するべきじゃないのか。生徒の命を危険に晒しても構わない。そんな〈鉄檻〉の方針が
(まぁ、他の生徒達にとっては、これがいつもの光景みたいだけどねぇ)
襲い来る怪異に対抗して、生徒達は各々固有の呪文を唱え、〈怪異能力〉を発動している。巨大化したり獣に変身したりと、己の肉体を強化して戦う者。あるいは鏡の中に飛び込み戦闘を回避する者。先ほどのいじめられっ子の場合は後者だ。体を細長くして、壁とロッカーの隙間に逃げ込んでいる。わずか一センチメートルの空間だ。発育良好な肉体が綺麗に収まっているのは凄いと感心するべきか。だが、いざ攻め込まれたら袋のネズミだろう。自ら退路を断っているに等しい気もする。
と、
俺は他のクラスメイトと違い〈怪異能力〉が使えず、この身一つで逃げ続ける必要がある。いくら肉体が瘴気で頑丈になっているとはいえ、丸腰ではいずれじり貧だ。かといって、
さて、どうしたものか。
天井で渦巻く悪鬼の煙が
向かう先は――俺だ。
対抗手段を持たぬ落ちこぼれでは、他の生徒以上に襲いやすい獲物でしかない。
無力な人間を、内部の怪異ごと引き裂きもぎ取り
迫る魔の手が俺の
何事か、と
応戦と回避に必死だった生徒達は、不思議そうな瞳でこちらに視線を注いでいる。あまり注目してほしくないのだが致し方ない。怪異を撃退するどころか寄せ付けないのだ。嫌でも関心を引いてしまう。
「巴坂君、凄いです……っ!」
いじめられっ子も隙間からにゅっと顔を出す。
キラキラと
野良怪異達は俺自身に怯えて逃げ出したのではない。俺の魂と同化している存在に恐怖したのだ。一山いくらの雑魚では太刀打ちできない、凶悪極まるおぞましい怪異である。瘴気を食らって己が物にしようとも、逆に捕食される未来が待っているだけ。当然の結果としか言いようがない。
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