消えた記憶の
別に、同じ種族と出会うことがないわけではない。
ただ、外に出るエルフの数があまりに少なく、それに対して世界が広いため出くわさないというだけで。
実際問題、今まで何人かの
でも、どうしてか。
レイラは、目の前の女性を見たことがあったような気はしたのだが───
「……何か言えよ、阿呆。そんな顔してまで人の顔を凝視しているんだ、感想ぐらい口にするのが常識だろうに」
吐き捨てるように、カサンドラは冷たい目を見せる。
キャルルのように、仕事で楽しく殺意を向けてくるのとは違う。
―――怨嗟、憎悪、侮蔑。
復讐に駆られた人間が見せるような瞳が、レイラへと突き刺さる。
(……私、彼女に恨まれるようなことをしたかしら?)
自分は、記憶力がいい方だ。
一度会った人間の顔と名前はだいたい憶えているし、恨みを買われたような記憶もない。
だからこそ、目の前の女性がどうしてこのような目を向けてくるのかが分からなかった。
「何度でも言うが、お前は忘れっぽい性格だもんな。私の顔を見ても何も覚えていないのは、そういうことでしかない」
カツン、と。カサンドラは一歩を踏み出す。
「安心しろ、私は一度もお前に会ったことはない。狭い世界の中で、私はお前に会おうとはしなかったからな……いや、外の世界で一度だけ出会ったことがあったかな」
「……会った、ことが?」
「あぁ、その通りだ。まぁ、ただの同胞が見つかったから少し喜ばれた程度だったがね」
そして、カサンドラの拳がわなわなと震え始める。
「ただのッ! 同胞、だぞッ!? 私をただの同胞という枠に置くのか!? 会ったことはなかった、エルフの森の中でも話したことはなかったッ!」
「…………」
「だが、面影はあるはずだ! 似ているはずだ! 口調も真似しているのだから気づくはずなんだ! だって―――」
その激情は、纏っていた水を周囲に撒き散らし、壁を抉るほど。
辛く、痛く、苦しく、憤りを感じさせた。
「貴様が殺した姉の妹なんだぞ!? どうして何も感じないんだッッッ!!!」
一瞬、意味が分からなかった。
自分は今まで誰も殺したことはない。
ましてや、彼女の子とも知らないのに姉のことなんて―――
(…………ぁ)
しかし、またしても一瞬。
レイラの頭に、ふと過ったものがあった。
『背中を押して上げるんだ、それぐらいの褒美ぐらい用意してもらわないと───だって、それが常識だろう?』
忘れてはいない記憶。
だが、すっぽりと抜け落ちてしまっている記憶。
覚えていない。思い出せない。
探して、見つけようとしても、見つからなかった大事な思い出。
「あ……あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
―――そこまで言われてようやく。
レイラは、分からないながらも察してしまって。
モモを胸の内に抱えながら頭を抱えて叫び始めてしまった。
何が起こっているかよく分かっていないモモを、思わず強く抱き締めてしまう。
一方で、カサンドラは大きく深呼吸をして握っていた拳をゆっくり開く。
「ふぅ……ダメだな、姉さんならこういう時も感情的にはならない。やっぱり、私にはどうしても真似事しかできない。人その人にはなれない、常識だったな」
頭を抱えるレイラへ、もう一歩近づく。
「……本当に凄いよ、お前は」
「あ、あぁ……ッ!」
「記憶の操作。記憶力がいいその頭も、忘れっぽいその頭も、一種の才能なんだろう。だからこそ、忘れたい記憶を自分が楽になるために自分の中から消した―――そうでないと、成立ができない。何せ、魔術は自身を対象にしたものだからだ」
才能は、あくまで自分自身のもの。
他人に委ねるものではなく、他人など関係なく、あくまで自分の潜在能力にすぎない。
ハルカの我儘を解消するための魔術も、クロエの剣を生み出す魔術も、キャルルの他人を真似する魔術も。
―――あくまで自分自身。
他人に直接干渉するものはなく、そこに例外はない。
「……始めは、魔道具を使ってお前の記憶を消しているんだと思っていた。だから、姉が大事にしていたお前のために、必死にその魔道具を二百年も探したよ。だが、そんな魔道具は一切なくて。それが分かった時、お前が魔術を使っているんだって気づいて」
カサンドラの額に青筋が浮かぶ。
「その瞬間の私の気持ちが分かるか? 泣いたし、喚いたし……憎悪に変わったよ。まさか、自分が楽をするために忘れたなんて思いもしなかったから」
「……ぅ、ぁ」
「ようやく分かったよ、姉の最後の言葉の経緯が。腸が煮えくり返りそうだったがね」
だからこそ、殺す。
明確な殺意が、レイラへと改めて向き直る。
(あ、あぁ……)
レイラの視界がチカチカし始めた。
どうしてか、横の何もない空間にヒビが入っているような気がしたが、レイラの意識はそれどころではなかった。
(わ、私はっ)
―――一気に襲いかかった過度なストレス。
触れてしまった重大な事柄が不意に訪れたことにより、脳のキャパシティが限界を迎える。
「チッ……来てしまったか、少年」
朦朧とし始める意識の中、レイラは確かに聞いた。
「……お前は必ず殺す。姉のために、私のために。それまで、精々楽しい船の旅でも満喫しているんだな」
カサンドラの、何度も向けられた確かな復讐に駆られた言葉を。
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