悪戯な茶会(2)

 

 女子生徒が「耳が痛いわね」と呟いたが、聞こえないふりをしておく。フェリルアトスも気まずかったのか、軽く咳払いした。

「まぁ、うん、そうだね。ちゃんと答えになってるよ。お腹いっぱい。それにしても、君は中々に慎重な性格をしているようだね。疑り深いところも悪くない。ズレても性質はいくらか受け継ぐし、これならそう簡単に死ぬことはないだろう」

 俺は「ん?」と喉を鳴らして首を傾げる。急に話が意味不明になった上に言葉尻が物騒になった気がする。今、死ぬって言わなかったか?

「ああ、今はわからなくて当然だから聞き流していいよ。こっちでも可能な限り設定はいじくるつもりでいたけど、当人の性格ばかりはどうしようもなくてね、趣味と実益を兼ねて悪戯で試させてもらったんだ。君が無駄死にするとしか思えない馬鹿だった場合、彼女を説得する必要があったからさ」

 フェリルアトスが女子生徒に向き直る。

「さて、そういうことだけど、君はどうする?」

 相変わらず言っている意味がわからないが、意味不明なのは今に始まったことではないので俺は成り行きを見守ることにした。というか、口を挟む理由がないから傍観するというのが本当のところだ。ここまでくると凄まじくリアルな夢を見ていると思う方がまだ納得がいく。多分、俺は机に突っ伏したときに寝てしまったのだろう。

 振り返ってみれば、確かにそこから現実離れした現象が始まっている。夢だとわかってしまえば、馬鹿馬鹿しくて説明を求める気になんかなれはしない。

 しかしあれだな。転校してきてから一番喋ったのが夢の中ってのは虚しいものがあるな。本当にノイローゼかもしれないし、一度しっかり医者に診てもらおう。どうせ検査も受けるつもりだったし丁度良いよな。

 そう思ったところで女子生徒が沈黙を破った。

「十七年って、思ったよりもかなり長いのよね」

「ん? それは答えになってないよね? まさかとは思うけど、その発言から気持ちを推し量れって言ってるのかな?」

「いいえ、単なる心情の吐露よ。あっという間に過ぎると思っていたけど、そうでもなかったから。どう足掻いても馬鹿は変わらないものだなんて知りたくもなかったけれど『これも良い経験だ』とか『人生は修行だ』なんてふざけた慰めに至らなかった自分を褒めたい気分よ。本当、早々に見切りをつけて彼とここに来れて良かったわ。決意が揺らがないように退路も断ってあるの。期待を裏切らなくて悪いわね」

 女子生徒が息をもらすように笑う。あのときと同じ諦めたような顔をしていた。その表情を見たからか、フェリルアトスが帽子を深く被って俯く。

「そうか、君は彼らを──いや、そうだね。君は努力したんだ。報われないからというより、長く引きずっていた心のわだかまりを消す為にしたことなんだろうね。先に待つ苦難を思えば慈悲とも言えるし、救われる人も多くいる。君の望み通りではないにしろ、悪くない結末なのかもしれないね。でも、これでもう後はないよ。僕の権限で優遇するけど、かなり分の悪い賭けになることは変わらないからね」

「ええ、わかってるわ。しっかり干渉されてたもの。でも愚策よね。たとえ説明できていたとしても、彼が信じるかどうかはわからないのに」

「干渉? ああ、ノイズのことか。それは単純に特異点への機械的な対処というだけで、御使みつかいが狙ってしたことではないよ。アーカイブも確認済みだから間違いない。僕が危惧しているのはまた別の話さ。二十三年後のプリアポカリプスを考えると頭が痛くなるよ。それに彼は間違いなくズレる。僕がどれだけ気を遣っても五分の一は確実。イスカのはしみたいにズレてはみ出すだろうね。それで自分を保てるかどうか」

「どうあれ構わないわ。私の気持ちは決まってるもの。ただ少し残念になったのは確かね。まさかこんなに嬉しいなんて思ってもみなかったわ」

「十七年より、たった数十分か。早まったことをしたと思ってない?」

「そうね、認めるわ。去り難いと思ってしまったことを」

 また酷い耳鳴りがして、女子生徒の口にモザイクがかかる。フェリルアトスの言う『特異点への機械的な対処』とはこれのことだろう。

 俺は耳を塞いで膝を着いた。襲い来る痛みと不快感で呼吸が荒くなる。

 一刻も早く消してもらいたいが女子生徒は俺を見つめたまま言葉を続ける。その寂しげな表情が止めろの一言を躊躇わせ、葛藤しているうちに俺の苦痛は止んでいた。

「すごいね彼、耐え抜いたよ」

「そういう人なのよ。優しいの」

「僕に言わせれば異常だけどね。でもこの我慢強さは間違いなく生き抜く強さにも繋がるよ。むしろ死ぬ可能性の方が低そうで呆れるね。君が執着するだけのことはあるか。ところで、去り際の要望はある?」

「そうね、派手なのがいいわ。記憶に刻まれてうなされるくらいに、わかりやすく残酷で過激で凄惨に、それでいて苦痛のない形でお願い」

「ずいぶんと注文が多いね。でも、まぁ、うん、悪くない案か。それじゃあいくよー。十秒前、九、八、七、六、五──」

 カウントダウンが続く中、女子生徒が俺に微笑みを向ける。

「貴方といると楽しかったわ。ありがとう」

 言い終えた直後、軽い破裂音がして女子生徒の頭が爆ぜた。

 頭部を失った遺体がゆっくりとテーブルに倒れ込み、ティーカップが割れる。

 死んだと思っていた彼女の体は、まるで生への名残を惜しんでいるかのように痙攣し、俺の退屈な午後を、衝撃と鮮血で染めていった。

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