大好きな兄を「大好き」なままでいられるのは、一体、いつまでなんだろう
眼鏡のれんず
恋愛の経験値 1
「兄ちゃんさあ、初エッチの時、ちゃんとゴムつけれたの?」
俺の質問に、高校生の兄は、飲んでいた珈琲を盛大に吹き出した。
この事を兄に尋ねるきっかけは、幼馴染の話からだ。
いや、正しくは、幼馴染の彼女から。
というのも。幼馴染の彼女が「昨日、彼と初エッチをしたんだあ!」と自慢していたからだ。
幼馴染の彼女が彼と初エッチをしたということは、つまり、幼馴染が初エッチをしたということなのだ、という理解に達するまでに時間がかかったのは、やはり幼馴染だからだろうか。
或いは、先を越されてしまった、という焦りと羨ましさか。
彼女発言の噂は、瞬く間に中学に広がり、最終的には、幼馴染が進路指導の鬼先生に「受験生は勉強しろ」と怒られる羽目になっていたので、少し気の毒だ。
で。他の男子はその内容を聞きたくて仕方がなくて、幼馴染を追いかけまわしているのを、俺は見た。
バスケ部のエースだし、大丈夫だろうと、俺はほっといた。
放課後になり、クラブもないので帰ろうとしたときに、物陰から呼ばれた。
「燈クン」
声は幼馴染のものだった。が、姿が見えない。
「真斗?」
「ここ!」
ひょこ、と。細長い掃除用具入れと壁の隙間から、幼馴染があらわれた。
しつこいんだよ、あいつら!と幼馴染はため息交じり。
一緒に帰ろう。そして、追われたら匿って、と情けないお願いをされて、俺は一緒に帰るとする。
幼馴染は歩きながら「燈くんだから言うけどさ」と小声で言った。「初めてってさあ、結構緊張するし、てばるよ。漫画みたいにいかないよねえ。練習しておけばよかった」
「練習?」
「ゴムつける練習」
「ぶはッ!それ、必要?」
とんでもない話に思わず吹き出してしまった。
が、幼馴染はそんな俺の背中をさすりながら「必要、必要」と真面目な声だ。「俺、兄貴に聞いたら、ひと箱は練習すれば、上手になるって」
「マジか?ていうか、真斗、お兄さんに言ったの?」
「うん。ゴムもらうのに」
だって、金ねーもん。という言葉に、なるほどなあ、と納得していまった。
そう思うと、俺の脳裏に浮かんだのが、自分の兄だ。
「……兄ちゃん、持ってるかなあ?」
「持ってるでしょ!だって、聖哉さんモテるじゃん!」
聞いてみなよ、と言われたのが、その経緯だ。
□
「ひと箱っていうか…俺、自販機で買うから、そんなに持ってねぇよ」
噴き出した珈琲を拭きながら、兄は答える。
「持ってるんじゃん」
「いるか?」
「いや。まだ、いいよ」
俺は、兄が零した珈琲を新しくいれなおしながら答えた。
首に手をあてて、少し痛がるそぶりをみせる。
兄はクラブで怪我をしたため、ドクターストップで練習を休んでいるのだ。
「はい、珈琲」
「さんきゅ」
雑巾を洗ってきてから、兄は珈琲の入ったマグカップを受け取った。
「首、痛い?」
「少しな」
ズズッと一口飲んでから「燈さぁ」と兄は呟いた。「ゴム、いるなら、俺が買ってやるから言えよ」
「え、あ、うん。ありがとう」
お礼を言いつつ、兄の横顔がなんとなく、話しかけない方がいいような雰囲気だったので、俺は自室へとあがった。
だから、兄が深く細いため息を吐いた事を、俺は知らなかったんだ。
2023.10.11 加筆
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