ほぼ週刊青年アワゾイ

粟沿曼珠

暴虐なる異世界の者達

 俺は、特に目的を持たず、これまで何となく生きてきた。何となく大学に進学し、何となく生きている。友人もおらず、授業の日以外はただただ家に引きこもってゲームをやり、SNSを何時間も見ている。


 正直、何者でも無い自分に嫌気が差していた。周りの皆が目的を持って生きて、まるでキラキラと輝いているかのような人生を謳歌しているのに、自分はそうじゃ無い。

 けど、何者かになりたいと思っても、俺は優れた知識も能力も持っていない。見た目もあまり良くない。何かに強い興味を持つことも無いし、積極的にアプローチするのは苦手だ。そういう有様で、何になれば良いのか分からなかった。


 そんな俺だが、どういう訳か異世界へと転移していた。


 何が起きたのかは分からない。ただ、目が覚めたら異世界に飛ばされていたのだ。こういったことはライトノベルとかで散々見ているが、現実で起こるなんて思いもしなかった。


 そして、飛ばされたのは自分一人だけでは無いようである。


「ここにいる皆さん、突然飛ばされた感じですか!?」


 ここにいる全員に問い掛けたのは、農作業服を着た、いかにも農家である男性だ。

 飛ばされたのは、年齢はまばらだと思われるが全員男性で、服装から転移前にどういう仕事に就いていたのかが分かる。農業、建築、漁業、林業、製造業、医者がそれぞれ一人、そして私服の俺。まあ俺はゲーム好きの殆ど引きこもり大学生だが……なんか俺だけ浮いている。


 驚いていはいるが、それ以上に興奮している。まさかライトノベルや漫画、アニメとかにしか無かったと思っていた異世界転移が現実にあり、そして実際に体験しているのだから。


「これがラノベとかで見る異世界転移なら……」


 製造業の人が何かを念じるように目を閉じ——


「うおッ!?」


 俺達の前に、どこからともなく石や木などが飛んできた。それが様々に組み合わさり——あっという間に車ができあがった。


 この場にいた一同が声を上げて驚愕した。異世界転生・転移ものによくある設定——所謂チート能力だ。


「すげぇ! チートだ!」

「やっぱりチート能力もあるんだなー!」


 他の人達の反応を見る限り、どうやら全員がこの手の作品に触れているようだ。もしかしたら、何者かがそういう人達だけを選んで異世界に転移させたのかもしれない。


 自分は何なのだろう——ふと、そう思った。バイトすらしていない大学生となると、やはり知識だろうか? とはいえ、そんな偏差値の高い大学に行っている訳でも無い。

 試しに「日本に電車が現れたのはいつ?」と、さもインターネットで調べ物をする時のように考え——るが、何も起こらない。どうやら知識では無いようだ。


 となると……これだろう。

 ——火の魔法!


 そう念じると、目の前で大きな火がぼわっと立った。


「うわっ!?」


 突然火を出したことで、他の皆が驚愕した。

 ——水の魔法!


 水で火を消すよう再び念じると、燃え盛る火の上から滝のように水が降ってきて、火を消した。


 どうやら、ゲーム好きということから魔法が使えるようになったようだ。


 これは、良い機会だと思う。新たな環境に飛ばされ、チート能力を手に入れた。俺の新たな人生の一歩を踏み出すに相応しい。


 ……ここで、頑張ってみるか……!


「異世界ってことは……魔王討伐!?」

「いやいや、チート能力で驚かせたり、ハーレム作ったりするでしょ!」


 などと、異世界転生・転移ものあるあるで皆が盛り上がり始めた。今の自分の気分をぶち壊すような話だが、正直自分としても、特にハーレムに興味がある。

 そんな訳で、希望と下心を胸に俺達は村を探し始めた。






 先程製造業の人が作った車に乗って進むと、小さく寂れた村が見えてきた。周囲には他の村や街は見えず森ばかりで、道と思しきものさえ無い。まるで隔離されているかのようだ。俺達は車から降りて、その村へと入る。


 村には嗅いだことも無いような異臭が立ち込めており、村人達も、彼らの住む家も、酷く汚れている。まともな食事にすらありつけていないのか、村人達は痩せ細っている。

 この世界では見慣れないであろう服を纏っていることもあってか、視線がこちらに集まる。


「すみません、この村で何か問題とかありますか?」


 家の前で座ってぼーっとしている、白い髭を蓄えた老人に尋ねてみた。よく見る作品だと、転移前の言語でも通じるが——


「あ、旅の方……それがですね……」


 日本語で返事が来た。やはりチート能力だけでなく、この辺りも同じか。


「もう数ヶ月もまともな食事にありつけず、酒も娯楽も無く、おまけに病気も流行り、その結果こんな有様で……」


 本当にまともな食事にすらありつけていないようだ。皆のもとに戻り、それを報告する。


「よし、だったら——」

「僕達の出番ですね!」






 これまた都合の良いことに、俺達の授かった能力はこの村の問題を解決するのに非常に役立つものであった。


 林業の人が森を一瞬にして開拓して畑を作り、農業の人が野菜や果物を、まるで動画の早送りのようにぐんぐん育たせ収穫する。

 漁業の人が一度に膨大な量の魚を取り、建築業の人が汚れたりぼろぼろだったりした家の修繕や新たな家の建築を行い、一夜にして住宅街のような様相を呈するようになった。

 医者が流行っていた病気を根絶させ、製造業の人は便利な道具を生み出して生活の質を改善させた。


 ここで初めて分かったのが、どうやら俺達の使える能力は、転移前に携わっていた仕事——まあ俺に関しては仕事じゃ無いが——以上の能力を行使できるということだ。

 製造業の人は車の製造に携わっていたとのことだが、実際には農業用の機械から加工食品まで幅広く作ることができ、医者についても整形外科の人だったが、この村で流行っている病気を消すことができた。


 俺はというと、剣を生み出し、魔法を駆使し、村の周辺にいる獣を狩った。他の人達に比べたらしょうもないものだろうが、どうやらこの村の人達は肉に飢えていたようで、非常に感謝された。

 まあ無理も無いだろう。あの有様では、獣などまともに狩れるはずが無い。それに、俺も肉が好きだから、肉が食えないと辛いという気持ちは大いに分かる。

 正直、最初は獣を狩ることに忌避感を覚えていた。けど、狩った獣を持ってきて村人達に感謝され——そのうち忌避感は消え、やりがいのある仕事だと感じるようになった。


 数日にして村の生活は恐らく以前のように——いや、以前以上に良くなっただろう。


 ……だが、これが皆を調子に乗らせた。


 この村の問題を解決した途端、皆が対価を要求しだした。金や女性を要求し、出せないのなら「以前の生活に戻す」と言い出したのだ。

 やむを得ず村人達は金と女性を渡し、皆はそれに溺れた日々を過ごすようになった。食事についても殆ど自分達で独占し、村人達が食べられるのは少ない。女性はさながら奴隷のように扱われている。


 ……正直、胸糞悪い。皆の裏の顔がこんなに酷いことに失望し、俺は次第に皆から距離を置くようになっていった。


 だからこそ、この依頼が来たのだろう。


「……皆を、殺して欲しい……?」


 村人達が集まって俺の前に現れ、そう頼んできた。


「皆様には感謝しております……ですが、女性達が奴隷のように扱われ、食事の殆どを独占されて、お金も底をつく直前で……確かに以前よりはましですが、それでも辛いんです」


 白い髭を蓄えた老人は涙を流し、俺に縋りついてきた。確かに気持ちは分からなくないし、俺も皆のことが不快だが……


「……流石に殺すのは、なぁ……」


 そもそも村人達は殆ど俺達の能力頼みで生活している。野菜も魚も肉も、一日に食べきる量を一日ごとに得ている状況である。そんな状況で殺してしまったら、今後この村の人々の生活はどうなるのだろうか。


「そっ、そこをどうか……! 我々の救世主は、貴方しかおりません……!」


 そんなことに気付いていないからか、忌避感を示す俺に村人達は何度も何度も頼んできて——






 最終的に、折れた。


「お、お前……!」

「……すみません」


 深夜、皆が寝静まった頃に漁業の人を呼び出し、その胸に剣を突き刺した。

 この男は毎晩毎晩女性を犯し、村人達に暴行を振るい、一番目に余っていた。正直、一発殴りたいと思っていた。


 少しして、漁業の人は息を引き取った。自分のしたことに頭が混乱するが、それでもその亡骸を担ぎ、村人達に言われたように彼らのもとに運ぶ。


 ……本当にこれで良かったのだろうか? 和解する方法もあったんじゃないだろうか? 何も殺さなくてもよかったのではないか? 俺のしたことは正しいことだったのか?

 そういった考えが頭の中をぐるぐると回る。色々と考えているうちに村人達のもとに着き、彼らの前に漁業の人の亡骸を置いた。


「お、おお……! 本当にやってくださったのですね……! ありがとうございます……!」


 村人達は感涙の涙を流しながら感謝の言葉を述べ、俺の前に平伏した。


 俺がおかしくなり始めたのは、この時だろう。


 気に入らなかったとはいえ仲間を殺したという不快感、罪悪感の中に、僅かに気持ち良さが生じていた。


「では……遺体の処理はこちらでやります」


 若い男性が亡骸を担いでどこかへ運んでいき、俺もその場を後にした。


 次の日も、その次の日も、かつて仲間だった者達を一人ずつ殺していった。その度に村人達は俺に感謝し、平伏し——俺が抱いていた悩みも、忌避感も、不快感も、罪悪感も、徐々に気持ち良さに変わっていった。


 この出来事は、何者にもなれず、自己の在り方に悩んでいた俺にとって大きな出来事であった。

 初めて獣を狩った時と同じだ。命を殺めることに忌避感を覚えていたが、村人達から感謝され、次第に狩りに慣れていった。皆の為になっていると実感できた。

 それと同様に、悪人を裁いて村人達を救い、感謝される。この世界に来て、初めて自分の人生に意味があるように思えてきた。


 ……正直、非常に気持ちが良い。俺は正しいことをしたんだ。俺は悪を裁いたんだ。俺は村人達にとっての救世主なんだ……!

 

 そして俺は最後の一人——医者を殺した。


「これで最後の一人です」


 そう言って俺は医者の亡骸を村人達の前に置いた。


「おお……! 成し遂げて下さったのですね……! 本当にありがとうございました……!」


 そう言って彼らは毎度のように感謝の言葉と共に平伏した。その光景にこれまでで一番の気持ち良さと達成感を覚える。


「では、明日は宴をしましょう! 準備は我々がしますので、夜までお待ち下さい!」


 多大なる幸福感を覚えながら俺はこの場を後にし、言われた通り明日の夜まで自分の部屋で休んだ。






 そして宴が始まった。


 皆が感謝の言葉を言いながら俺を迎えてくれる。彼らに促されて椅子に座る。眼前のテーブルには何も無いが——


「うわぁ……!」


 少し待つと、次々と豪奢な料理が運ばれてきた。綺麗に飾り付けられた肉料理や魚料理、何種類もの果物、そしてパッと見でも十杯以上の酒——流石に十杯も飲めないが。

 感謝されて、こんな料理にありつける。最高の気分だ。人殺しも、誰かの役に立ち、こういう風に崇められるのなら、存外に悪くないものだ。


「さっ、どんどん食べて下さい!」


 そう促され、フォークで肉の塊を刺して口に運ぶ。少し変わった味だが、この世界の味付けによるものだろうか。次に綺麗に切られた魚を刺して口に運ぶ。隣に盛られている野菜も食べ——


「ほら! お酒もどんどん飲んで下さい!」


 体を寄せてきた女性に促され、酒に手を伸ばし、一気に飲む。一気飲みは駄目だと元いた世界で言われていたが、今は気分が良いのでやってしまった。


「っはーッ!」


 飲み干して酒の入っていた器をどんとテーブルを叩くように置き、大きく声を出して息を吐いた。


「良い飲みっぷりです! ほらもう一杯!」


 再び促されて一気飲みした。


 村人達と色々話し、料理や酒を口に入れ、歌ったり踊ったりし——


 ふと、思った。


 何で魚や野菜があるんだ?

 何で肉があるんだ?

 何で酒があるんだ?


 そう考えているうちに眠気がして——

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