第13話ドリンクホリックボイス ?

Side anymore




 酒を飲みながら思い出す。身体が覚えている。浮遊感と一瞬の暗転。知らない部屋の中で浮いたのだ。知らない部屋だけれど見覚えのある部屋。ろくでなしたちが買い込んだ酒を片手に。何でも出来る気がした。何も怖くないと思った。けれどどこか冷静な脳味噌が責める。お前が殺した。いっぱい殺した。何を殺したのだろう。誰を。今、目の前で眠る契約相手の。記憶が蘇ってくる。捨てたはずだ。首にコードを巻き終えた時。椅子を蹴った時。何を今になって。否、契約相手との最期だからか。あの日、この契約相手と同じ「あの日」のように逃げるのだ。目の前で眠る過ちから。

 契約相手は自分の罪だった。そしてその片割れは自分の鏡。契約が成立して、契約を終える。そうすれば自由の身。何になれる。何が出来る。すでに死んだこの身で。世を捨てたこの身で。漠然とした目標に向かっているはずなのに、身体が透けていく、消えていく。

 燃え盛る炎の中で自分の鏡はすでに事切れている。あの女との約束を破ってしまった。

―片岡クンがカワイソウだから。

 誤魔化して逃げるのばかり上手かった。

―アンタは望まないだろうな。分かってるけど、赦してくれよ。

 大切にしたかった記憶は全て捨てなければ。新しい過去の記憶に押し潰されそうだから。

 契約相手の周りを飛び回っていたチョウが人の形へと変わっていく。突っ立って無表情のまま初音に顔だけを向けた。深い赤の首巻きが白い格好に不似合だった。揺らぐ炎と煙の中で初音を黙って見つめている。腰から下が赤いのは炎のせいか。

―アンタが

 契約相手の説明よりも精悍に思えた。白い格好の者は身体ごと初音へ向き直る。

―2人そろって妬けるケド

 瞬時に分かった。雰囲気が似ていた。

―もうコイツ、アンタが思うよりずっと強いから

 この者を死なせたのは。けれど後悔はない。謝る気も。

―アンタが心配するより、幸せ、ずっと知ってるから

 目の前の亡霊に手を伸ばす。

―もう連れていこうとすんな

 亡霊は恋人を見下ろした。

―俺と行こう。もうアンタも俺もコイツのこと、心配しなくていいから、さ

 亡霊が一度だけ首を背けた。けれどすぐに初音へと手を伸ばす。

『サヨウナラ』

 表情のない亡霊の顔が一度だけくしゃっと歪む。紙を丸めたように。八重歯が見えた。高めな声が耳に届いたような気がした。

 亡霊の真っ白い手が触れた瞬間、煌めきながら消えていく。


 契約変更してやるからさ、次は上手くやれんだろ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る