白い別荘③

書斎に入ると当然のように古い紙の匂いがした。窓際にある琥珀色のアンティークなテーブルは祖父が生前愛用していた物らしく、コレクションとも言える文具や栞が未だ使用されていた当時のままの状態で置かれている。

「うわー、この部屋久しぶりだなー」

佑梨が言った。紗埜はソファに座り化粧品の入った紙袋を傍に置いた。

「みんなこの部屋にはなかなか入んないもんね」

「そうそう。お化けとかいそうだもん」

佑梨は笑って椅子を引いたが紗埜と高さが合わないため同じくソファに座った。そして紙袋から化粧品を取り出した。

「じゃあまずはファンデーションから塗るね」

「うん」

佑梨はコンパクトを手に取り開くと付属のパフでファンデーションを拭い取った。

「これはクリームタイプだから結構ナチュラルに仕上がるよ」

「そうなんだ」

自然に聞こえるような返事をしてみたがあまりよくわからない。

「目のところにも塗るからちょっと目閉じててね」

「わかった」

規則的に丁寧に塗られているのがわかる。そして佑梨からはいい匂いがする。

「できた。次はチークね。もう目開けてていいから」

「うん」

佑梨はチークを頬に乗せていく。それからキャップを開けた口紅を短いブラシでなぞり唇に輪郭をなぞるように塗った。その間紗埜は斜め向かいにある背の高い本棚を眺めていた。上から下まで本がびっしりと並んでいる。

「リップ塗るのもブラシ使うとだいぶ変わるんだよ。これもあげる」

「いいの?」

「うん」

「ありがとう」

紗埜は少し緊張した様子でいる。佑梨は鞄から折り畳みの鏡を取り出し紗埜に渡した。

「どう?」

「……」

紗埜は自分の顔を隅々見た。佑梨にはわかった、これは良い反応だ。

「自分でもこんなふうにできるかな」

「できるよ。やり方教えるね」

そして佑梨はファンデーションの塗り方や、チークを乗せる位置で顔の印象が変わることなどを説明した。紗埜は真剣に聞いていた。佑梨がしてくれた化粧が自分に合っていると感じたからだ。

「ねえ、叔母さんに見せに行こうよ」

佑梨が言った。紗埜は恥ずかしい気持ちになったがせっかく紗埜がプレゼントしてくれたのだからそうするべきだと思い頷いた。

皆がいる部屋に戻り紗埜の母親のところへ行った。母親は酒のあてにするであろう魚の煮つけをテーブルに運んでいるところだった。

「叔母さん、紗埜ちゃん可愛くなったよ」

「あらー、ほっぺも赤くしてもらって。佑梨ちゃんがしてくれたの?」

「はい」

紗埜は一瞬母親と目が合ったが変なことを言われないか気になって目を逸らした。

「高校生で化粧なんて早いぞ、どこのスナックで働く気だー?」

そんな声が横から聞こえてきた。酔って上機嫌な叔父がからかっている。周りはその一言に笑い声をあげた。佑梨は言った。

「私は休みの日なら良いと思うなー。可愛いさ倍増でみんな嬉しいでしょ」

皆笑っていたが紗埜だけは違った。

「トイレ行ってくる。佑梨ちゃん、ありがとう」

紗埜は部屋を出ていった。


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