懐中喫茶

@conatsu_tsukihi

白い別荘①

頬の微かな感触に気が付き見上げると、薄暗い色の空からぽつぽつと雨粒が落ちて来るのが見えた。

「ねえ、雨降ってきた」

小湟紗埜こほりさやは友人の横顔に向かって言った。

「うん」

友人の香里菜かりなは長い爪先を器用に上げながらスマホの画面を両指で操作している。

「……」

足を止めることなく、ただ画面だけを凝視して前に進んでいく香里菜の姿を見ながら紗埜はまた違和感を覚えた。

「どこか店入ろうよ」

「うん」

返事をするも香里菜の歩くスピードは変わらない。

目的がある訳でもないのになぜそんなに急いで歩いているのか。そんなふうに思いながら紗埜は隣を同じスピードで歩いた。

5分程して香里菜は突然足を止めた。

「最悪!」

「どうしたの?」

奏太かなた来ないって」

「なんの話?」

香里菜は深く長い溜息を吐くと視線をスマホから自身の爪に移した。

「うわ、ネイルのビジュ取れてる。なんなの?最悪なことばっか」

何を言えば会話になるのかわからず紗埜は暫く地面を見た。この無意味な沈黙は日常茶飯事だ。

やがて香里菜はすべてを諦めたかのように無気力にスマホをバッグへ入れた。

「帰る」

「え…」

「また連絡する」

「うん、わかった」

香里菜は目を合わすことなく駅の方へと歩いていく。

その背中を眺めながら紗埜は小さく溜息をついた。踵を返すと近くのファーストフード店に入り長い列に並んだ。

コーラとポテトを乗せたトレーを持ち、空いている席を探しに2階へと階段で上がっていく。カウンター席に座ってスマホを取り出した。

目に入ってくる情報は内容こそ違うものの似たような話題ばかりだ。特に興味がある訳でもないのについ画面をタップしてしまう。

ある程度目を通していると飽きてしまい、画面を消して端末をテーブルに置いた。それからは無心にLサイズのポテトを口に運び続けた。

-----ツマラナイ。

この言葉が何度も浮かんでくる。何をしても満たされない。せっかく東京まで出てきたというのに、思い描いていた理想とは随分かけ離れた毎日を送っている。華やかな都会に憧れ田舎から出てきたが、どんなに装っても心がついていけない。

急に眠気がきてうっかり瞼を擦った。はっと気が付き指の背についたアイシャドウを見て気分が萎えた。

手を動かしてアイシャドウの光沢を見ながら初めてメイクをした日のことを思い浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る