39.愛の顛末

 どうしてこんなことになったのか、とりあえず目の前で起きていることを認めたくないと考えてしまった高波は目の前の男を殴ってみた。相手は謝るばかりで反撃をする意思は見られない。


 こんな奴を殴る意味なんてないことに気が付いていながらも、今殴りつけていた相手の胸ぐらを掴んで怒鳴っていた。


「早くしろよ! スマホくらい持ってんだろうが!」


「は、はい、今すぐ連絡しますから、もう殴らないで……」


 だが、路面に広がる鈍い赤色がもう手遅れであることを示していた。


「なんで…… なんでこうなっちまったんだ?

 さっぱりわからねえ…… やっぱりオレのせいなのか?」


 行き場の無い怒りと悲しみと憤りは、再び美知子を轢いた男へと向けられ、後に救急車がもう一台必要となった。


 高波は暴行傷害の現行犯で警察へ連れて行かれ、桜子は当事者として事情聴取のため任意同行、そしてすでに事切れていた美知子は病院へと運ばれた。



◇◇◇



 留置所から解放された高波に、事後を取り仕切って上手く計らってくれた美咲が全てを説明した。


 ある意味一番の被害者とも言える運転手の男性には桜子がすぐに見舞い金を渡し、個室を手配して謝罪した結果、被害届は出さず示談してくれることになった。そのため高波は、最低拘留期間のみで出てくることが出来たのだ。


 そして信号の無い道路へ飛び出した美知子は即死だった。高波が拘留されている間に葬儀は済み、保護施設の規定に従って共同墓地への埋葬がすでに済んでいる。全ての説明を受けた高波は、周囲がその精神に疑いを持つくらい美知子の死を当たり前のように受け入れている様子だった。


 それには理由が有り、実は天使が美知子の死を女神へ伝え、愛の矢を抜いたことがその理由である。高波にとっては、美知子が本当に愛していた相手なのか自信が持てなくなっているし、美知子との関係性もあやふやな想いだった。


 もちろん美知子の存在自体は覚えているが、自分の面倒を見てくれている女性たちとは違う。端的に言えばその他大勢と同じような、せいぜい数回関係を持っただけの顔見知りな他校の生徒との認識になっている。


 さらにもう一つ、女神は重要なことを発見した。高波の魂は、前世であまりにも不遇な人生を送り愛のひとかけらも無かった者だったのである。その魂には次の人生では多くの愛を受けられるようにと、女神がより多くの慈悲を掛けていた。だが産まれや育ちは選べないため、女神の思惑とはずれた人生を送っていたのだ。


 結局女神の憂いも今回の策も余計な事であり、人の魂には決まった愛の素を注ぎ、あとはなすがまま、成り行きに任せれば良いとの結論に至った。そして高波に与えていた女神の慈悲は取り除かれた。


 異常なまでの性的魅力を失った高波が平凡な人間となり、完全な抜け殻になったかと言うとそんなことはなく、恵まれたルックスと鍛え上げられた肉体と精神は健在である。それでも今まで周囲に群がっていたその他・・・大勢の女性たちは憑き物から解放されたようになったことも事実である。


 そのおかげもあって、今までも普通の大学生だった鈴本爽と花園みくるは去っていき、笹原智代もキャバクラのバイトは程々にして大学へ戻ることができた。


 横井美咲と三木桜子はなぜか同棲するようになって、二人とも高波離れに成功している。それでも彼の良き相談相手であり、今では姉のような立場での付き合いだ。


 本格的に一人前の精神科医へ向けて日々忙しくなっていた野々村桃花は、たまにリリ子のところへ顔を出す際に顔を合わせる程度で肉体関係を持つことは無くなり、高波たちにとって年上の友達といった付き合いとなっている。


 そして全ての始まりとも言える高坂リリ子は、しばらく前からすでに保護者目線になっていたこともあり、こちらも肉体関係はすっぱりと絶っていた。それでも高波のためにマンションを借りて住まわせているくらいの援助は惜しんでいない。


 その代わりに、自分が所属する事務所でモデルをやって稼ぐことを条件とした。この話は高波にとっても渡りに船で、ようやくまともに働いて自活するめどがついたと言ったところだ。



 時は流れてそれぞれが新生活に慣れた頃、高校生たちにはいつの間にか二学期が訪れて、それから少しの時間が経っていた。

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