36.愛のカタチ

 今日の当番は三木桜子だった。彼女は高波がやってくる前にせっせと食事の用意をし飲み物を冷やしておく。テーブルにはランチョンマットを敷いてカトラリーを二人分並べて準備が整った。


 リビングでの用意が整った後、いったん寝室へ行きこちらの用意を確認した。替えのシーツはベッドサイドへ畳んであるし、枕元の準備も万端である。


 再び戻ってコーヒーを飲みながらのんびりしていると、チャイムが鳴ってからエントランスのオートロックを解除した音が聞こえた。ということはあと数分でここまでやってくるだろう。


 今度は玄関のチャイムが鳴らされ鍵を開ける音と扉を開ける音がする。今まではそれほど気にしていなかったのだが、こうして制限が増えたことによって楽しむ内容を濃くしたいと考えるようになったのが桜子にとって不思議な感覚だった。


「おかえりなさい、寄り道でもしていたの?

 まっすぐ帰ってきたって時間でもないわね」


「あー桜子、ごめん、急いでた?

 ちょっと遠回りしてきたから遅くなっちゃった。

 連絡した方が良かったよなぁ」


「いいえ、大丈夫よ、今日は仕事も休みだし問題ないわ。

 その手はどうしたの? 怪我したのかしら?」


「ああ、ちょっと学校で切っちゃったんだよね。

 もう大丈夫だと思うけどいつ外していいかわかんなくてさ」


「じゃあ見てあげるから寝室へ行きましょうか。

 ミチはおとなしく待っててくれる?

 アタシ、見られるの好きじゃないのよねぇ」


「うーん、ウチは桜子ちゃんが悦んでるとこみるの楽しいけどな。

 でも落ち着かなくてきもちくなりきれないと悪いから我慢するよ」


「わかってくれてうれしいわね。

 いつもそう素直だとありがたいのだけど。

 そうやっていい子にしてくれると食事を作るのにも力が入るわよ?」


「はーい、期待してまーす」


 美知子が気の抜けた返事をすると、桜子は救急箱を持って高波の手を引いて寝室へと向かった。リビングに取り残された美知子は多少不満げではあるが、冷蔵庫から飲み物を出してくつろぎ始めた。


 寝室へ入り後ろ手でドアを閉めた鍵をかけた桜子は、高波が巻いていた左手の包帯を取り血のにじんでいるガーゼを剥がした。どうやら血は止まっているが傷口は完全に塞がっていないようである。


「結構な大怪我じゃないの、どうしたのコレ。

 でもきちんと軟膏も塗ってあって丁寧な処置がしてあるわね。

 さすが校医さんはきちんとしてるのわ」


「いやこれはクラスの友達がやってくれたんだよ。

 もちろん金ちゃんじゃないやつね」


「あらそうなの? まさか友達って女の子なのかしら?

 キミに女友達がいるなんて初耳ね。

 もしかしなくても関係の無い間柄ってことでしょ?」


「そうだねぇ、なんかどうしたいのかわかんねえけど、オレのこと好きっぽい。

 なんかあれだ、王子様とお姫様みたいな恋がしたいってタイプだね」


「あらカワイイじゃないの。

 ずっと仲良くできるといいわね、そのままでいられればだけど。

 でもキミと同じクラスでずっと一緒にいるのに我慢できるのはすごいわね。

 普通は諦めて距離を置くか、飛び込んで抱かれるかじゃない?」


「そういう子たちとはちょっと違うって言うかカチカチみたいな?

 でもなんかミチがめちゃ誘ってっからそのうち逃げちゃうかもしんねえ。

 あいつ最近美咲ちゃんに似てきた気がするよ」


「美咲の虜になってるのはワタシだけじゃないってことか。

 女のほうが女のツボを知ってるから肉体からだを預けるなら最適よ?

 もしかしたら盗られちゃったりして」


「まあそんときはそんとき。

 そうならねえようにオレはみんなを愛するだけさ」


 桜子はその言葉に微笑んで高波へキスをした。それと同時に怪我をしている手をしっかりと握ったので痛がっているが、どうやらわざと痛めつけているようだ。もちろん気が済んだらきっちりと消毒して処置をした。


 それにしても一時はどうなることかと思ったが、所詮は恋する高校生なだけあって御し易いものだと桜子は心の中でほくそ笑んていた。今までと違って二人の面倒を見なくてはいけないが、それはそれでかわいいものだし、高波と二人の時間がきちんと取れるならなんてことない代償である。


 ドアの外では美知子が歯ぎしりしているのが手に取るようにわかる。だが今は二人だけの時間であり邪魔はさせない。愛されているかは問題ではなく、抱かれたい男を求めた時に肉体を委ねられるかだけ。桜子は他の女性たち同様、その程度にはスレていて割り切ることができる大人の女なのだ。


 今夜もそんな彼女の欲深き叫びが力強く響き、廊下で一人悶える美知子の耳に突き刺さっていった。

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