第9話 休憩

 行きついたのはこの整然とした世界の中では珍しく埃っぽい小さな部屋だった。


 『ここは監視の目が無いわ。休憩に良いんじゃない?』

 『私たちも能力使いっぱなしで疲れたから休憩するから、あなたも息を整えときなさい』


 そう言うや否や二人はお互いを慰撫するようにイチャイチャしだした。もう既に周りのことは目に入っていないだろう。


 『お疲れ様。悪いけどまだまだ先は長いわ。気を抜かずにお願いするわね』


 労う『一点紅』の言葉に鼻を鳴らし胸ポケットから出したスキットルを煽る黒狼。


 『攻略中に飲酒とは感心しないわね』


 「俺にどうこう言う前に酒飲みジジイに注意しろよ・・・因みにこれは酒じゃねえ」


 グビグビ飲むのを止めない黒狼。喉が渇いているというより足りなくなった何かを補給するように飲み続ける。


 『・・・ハァ・・・ここから中枢のある建物に侵入するわ。より監視が厳しくなると予想されるわね。あなたの実力を疑うわけではないけど、用心しなさい』


 内容物を飲み切った黒狼は袖で口を拭うとまた一つ鼻を鳴らした。


 「ハッ!盗人風情にお優しいこった。・・・こっちはヘマはしねえさ」


 『大丈夫なようね。ほら!そこ!おっ始めようとしない!攻略が終わってからになさい!』


 通信越しの喧騒に辟易とした様子の黒狼だがその顔に油断の色はない。


 (まだ余裕だが、用心するに越したことは無い。『種』は多目に撒いておくか)


 今でもこの攻略に参加しているのが嫌でしょうがないが、かと言っておざなりに動いて死ぬのは勘弁だ。


 (ホモ兄弟もおばさんもクソだが能力は確かだ。が、ここはあの第一界。今まで何百人も葬ってきている。クソを通り越したムリゲーに近い)


 黒狼は再度苛立ったように舌打ちをする。


 (クソッタレめ。攻略のことなぞ考えるな。俺はいつも通りでいればいい)


 油か何かでてかる髪型を整える。同時に息を整えながら雑念を振り払うかのように呼吸をする。


 (いつも通り。隅に隠れ見つからず、息を潜めて仕事をする。それだけだ)

 (いつもの盗みと変わらねえ。希望なんざ不純物だ。能力に陰りが出ちまう)


 『黒狼!ボーっとしてない!再開するわよ!』


 そんな意識を断ち切るように通信カメラから『一点紅』の檄が飛んでくる。


 「チッ、うるせえおばさんだな・・・」


 黒狼は調子を確かめるように自身の能力を発動しながら手を開いたり閉じたりしていた。黒狼の手は問題なく機能すると同時に、消えたり現れたりしていた。

 透明化(この)能力こそ黒狼が盗人として重宝し、先程まで問題なく監視の目を搔い潜ってきたのに発揮されていた。

 ただ、透明になるだけが彼の能力ではないのだが。


 「・・・さっさと終わらせて帰る。それだけだ」

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