亡失のリベルティ~記憶を探す為の、とても短き旅路~

@マ行の使者

第1話 出会いは森の中で

 リベルティと呼ばれるこの世界に突如魔王の脅威が出現・侵攻し、三大大陸の内の一つであるヴェル大陸にて魔王が討伐されてから『新世紀』という新しい時代へと突入した。



◇◇◇



 新世紀301年初めの頃。今日は少し寒かった。

ヨナ大陸の冒険者協会にて、ようやく中級任務を受けれるようになった私――『ローズ』は密かなワクワク感を胸に秘めていた。

 任務内容は、ヨナ大陸の村近くの森林エリアにて目撃される不審人物の調査。

こんな事をやらされるのは初めて。とても気分が良い。『初めて』を味わえるのはエルフの長い人生の中でも一度だけなのだから。とはいえ、私はそこまでエルフ的に長生きでも無いけどね。まだ子供だよ。うん。


 と、まぁそんな訳なので私は適当に近くの森に入り自らの足で調査していた。そしたら――――――


「なんか居るんだけど。うっそでしょ。あの人が例の不審人物だったらどうしようかな」


 日はまだ沈んでいないが木々がソレを覆い、辺り一帯を闇が支配する。そんな薄暗闇の中、灯も点けずに徘徊している男を見つけてしまった。男の手には鞘に収まったままの剣のような……変な見た目の武器らしき物。冒険者にも見えないし、肌を隠すような服装も相まってとても普通の人とは思えなかった。いや、木々や草むらに姿を隠し人をジロジロ見ている私も怪しいとは思うけど。


 というかあの変な武器みたいな物が気になってしょうがない。さしずめ、今の私は生まれたての赤ん坊同様の好奇心で頭を満たされていたのだ。

「あのー!」

 思わず声をかけてしまう。男は動きを止め、返事をしてくれた。

「何者だ?そこらで隠れているのは分かっている。姿を現せ」

「ひょ~~~!! 何で分かったの?」

「いや、早く姿を見せてくれないか……」

 どうやらもう私の事には気づいていたようだ。仕方ないのでこの私の超絶美貌フォルムを見せびらかすことに。

「な、何だ? 耳が……。それに、なんだその怪しい土色のよく分からんローブ。本当に女なのか?」

 何やら相手の男も私を観察してきたので私も観察させてもらうことにする。


 男は黒い衣服、アレは確か『コート』と呼ばれる上から羽織るやつだっけ? とにかくそんな黒いコートを身に着けていた。黒い手袋もしていて、髪は手入れされていない黒髪。目は黄色、いや金色? 体格は結構良いけど、それでいて細身な感じで………………


「あの? もしもーーーし? 俺に何か用なら言ってくれないか?」

「あぁ、ごめん!ごめんよぉ!」

 しまった。思わずジロジロ見すぎた。この何でもかんでもジロジロ観察しちゃう癖は早くどうにかしないと……。以前もこの癖のせいでそこら辺の女冒険者に同性愛者だと勘違いされかけたのだ。別に女の子も好きっちゃ好きだけど――


「ってそんな話してる場合じゃないかぁ」

「ん? あ? なんだ急に。用が無いなら俺の質問に答えてくれないか?」

「え?」

 まさかのそっちが質問とは。良いだろう! この200歳くらいのエルフであるローズちゃんに分からない事はあんま無いのだ。


「ニューシティって知ってるか?」




「すぅ……、いや知らない、です。アホなエルフで、ホントにすみません、です……はぃ」

 あんま無いと保険を掛けたとはいえ、まさか私の分からない言葉を出されるとは思わなかった。ま、まぁ? 私もエルフにしてはそこまで生きてないって訳だし?


 ……そんな感じで私が勝手にしょぼくれていると、男はこう言いだした。


「エルフって何だ? その尖った耳と関係があるのか?」


「え」


◇◇◇


「魔法も知らない。マナも知らない。ヨナ大陸とかの三大大陸も知らない。魔王軍の事も知らない。そしてエルフも知らない……え? どういうこと?」

「知らないわけではないが、俺も正直さっぱりだ」

 なんというか、こんなに常識的な知識が抜けている人って存在するんだなぁと思った。いや、もしかしたらし……。


「いや、とりあえずいい加減自己紹介しない? 私はエルフ――長命で繁殖数が少なくて手先がある程度器用で魔法の適性が高い体質の種族――の『ローズ・アトリエ』だよ。今はまぁ、なんとなく冒険者家業をしてて10年経ったところだ」

「いやいや、情報量が……。まぁ良いか。俺は『ゼロ』と呼んでくれて良い。本名ではないが、特段教える理由も無いから十分だろう」

「え、不満だけど」


「……俺はそのニューシティという都市で暮らしていたんだ。大きな壁に囲まれ、喜劇と悲劇と欲望と陰謀が渦巻くクソの掃き溜め。そんな場所だ。

 俺は、色々あってそこから追放されたんだが何というか、本当に何もかも違う世界にでも飛ばされた気分だ」

「ま、少なくとも言葉が通じる時点で『メタス異世界人』ではないんだよね。いや、いっそ異世界人であれば話が単純だったかな?」

「……本当に申し訳ないがその、めたすって何だ?」


 あーーーもう。本当に疲れる。え? この人赤ちゃんですか? 何で異世界人でもないのにこんなに話が通じないんだい?


 私が頭を抱えると、彼――ゼロという男も同じように両手で顔を覆い始めた。心中は同じようで少し安心する。いや、何も安心ではないが。というか、十中八九問題の不審人物は彼で間違いないだろう。


 どうするか。このまま魔法で意識を奪って本部に連行しても私の任務は完遂出来るけど、そんな短絡的な道を歩もうとする程にこの私、ローズは生き急いでいないのだ。エルフだから。なんなら無駄に時間あるし。


 なのでまず彼との距離感を詰めてみよう。お名前紹介などの次は日常トークだ。さて、何を話そうか。こんな変な人にはまず普通は出会えないだろう。コレは貴重な機会に違いない。200歳の若々しいぴちぴちの感がそう告げている。

 それには焚火は必須だ。いつまでもこんな暗く寒い森の中であーだこーだやり取りする意味も無いだろう。


 ということで私は焚火を用意する。火の魔法は専門外なので火打石で集めておいた葉っぱや枝に火を点ける。チリチリと、火打石から飛んだ火花が育っていく。大きくなれよ~。

「凄い古典的な方法で火を点けるんだな」

「わたしゃ火の魔法は使えませぬ。光魔法専門なので、ホッホッホ」

「火だの光だの、本当に俺の知らない概念を君は教えてくれるな。それと喋り方が急に婆っぽくなってないか?」

 んなにをぉぉぉぉ!? こんにゃろ!!!! 言わせておけば!!!

 ローズの怒りは急激に沸騰点へ。いや別に本気で怒っているわけではない。ジョークの一種だよ。へへへ。だが、この男には言わねばならぬ。

「私はまだ200歳のぴっちぴちエルフだぞ!!! 婆とか言うんじゃない!!!」




「は? 200歳!? ババァじゃねえか!!!!!!」


カッチ――――ン。


「ハァーーー!!?? 違いますけど!? エルフは長命って言いましたよねーーーーーー!???? エルフは大体2000歳くらいまで生きれるんですよーだ!!」

 沸騰点突入! 沸騰点突入! 脳内の血流がボコボコと沸騰する!! 何だコイツは!!! れでぃの扱いを知れぃ!!!


「あ、そういえばそっか。すまん。本当に何も分からんもんで」

 ゼロは両手を顔の前で合わせ、謝罪してきた。


「分かれば良かろう。ハッハッ」

 腰に手を当て高笑いを決める私。魔物が寄ってこない程度には声量を落としているので、ご安心を。

 そうするとボソリと彼の声が、


「……謝るんじゃなかった」




 おーーーい。聞こえているぞ。




◇◇◇


 焚火を二人で囲むようにして座り、色々と話していた。なんだかんだ常識的な話は合わないが、ノリは合う。このゼロという不審人物が良い奴なのは間違いないだろうな。ま、私の方が良い奴なのだけどね。えっへん。


「何か特技っていう特技あるの? 貴方は」

「無い。強いて言えば戦うこと自体が特技というか、それしか出来ないというか」

「その、武器を使うの? それ初めて見る形状で興味あるんだよね」

「ああ。これは、大事な物なんだ。まぁ確かに珍妙な見た目だが、いざ使うときは凄く見栄えが良いんだぞぉ」

「ふぅーーん」

 彼の自らの武器について語る時の表情。なんというか、とても遠くを見ている気がした。きっとこの男にも何か、円満じゃない何かがあったんだろう。


「あのさ、その戦う事しか出来ない……みたいなのさ、私も同じなんだよね。エルフだから魔法が出来る。私もそれしかない。

 だからこそ私にしか出来ない何かを探すべく、様々な物を探求しているんだと思う。今の冒険者家業もまだ10年しかやってないし……」


「なんか……あんまり人の事情に首突っ込むのもアレだが、なんか言い回しが曖昧だな。まるで、自分の事をよく分かっていないみたいな。じゃなきゃ、自分の目的について語る時の文末に『だと思う』なんて、付け加えないよな?」


 しまった、話しすぎたか? ギクリ。そんな擬音がゼロに聞こえない事を願う。

 ……今の私の悩みを、こんな出会って半日も経ってないような、素性だってよく知らないこんな男に話して良いものなのか?


 もういいや。どうせ今の私には知り合いなんて居ない。冒険者家業を始めてから、こんなに喋る機会なんて無かったんだし、ポロっと話しても、良いよね。


「あ、あはは。実は私、ローズちゃん200歳は記憶を一部失っているんですー……」

「一部って、どのくらいだ?」

 ゼロの声色が力強くなり、本人の表情も真剣そのものになった。まさかこんな親身になって前のめりに聞こうとするなんて、意外だなぁ。

「魔法学校を卒業してしばらく経った130歳頃から190歳頃までの記憶、かな。これのせいで自分の事が少し分からなくなっちゃってるんだよね。あはは――――」


「おいおい、普通の人なら一生分の記憶が飛んじまってるのか!? 何か身体に異常とか無いのか?」

 ゼロは目を丸くし、私を心配してくれる。


「……なんで」


「あ?」

「なんでそんなに私のつまらないお話を聞こうとするのかなぁって、そう思っちゃった。もしかしてお金目当て? 記憶を取り戻す手伝いをしたら、お金が入るかもしれないから? 恩を売れるから? それとも――――」

「いーや、そのどれでもない。ただ、気になっただけだ」

「へぇ……」


 本当に驚いた。いや、世間知らず具合にも珍妙な武器にも、そもそも夜の森の中を一人で徘徊しているのも驚きしかないがこんなお人好し居るんだなぁ。『気になっただけ』だなんて、フフフ。もしかしたら結構不器用なのか?

 まぁ奇しくも今度は私の方が目を丸くしていることだろう。なんだか一本取られたみたいで悔しい。ぐぬぬ。


「もし、私が貴方に『記憶を取り戻す手伝いをして欲しい』って頼んだら?」

「出来る限りの協力はするつもりだ。どうせ今の俺は人間関係作り直しで、何処かに行く当てもない。お前の……人の助けになるのなら、力を貸したい」

「……何にも報酬あげられないけど」

「構わない。というより、今までの『常識』についての話の数々で十分だ」

「ふふっ、馬鹿だねぇ……ホントに」

 思わず笑みが零れてしまう。いやこんな良い人居るもんなんだね。長生きするものだわコレは。


「じゃあこうしよう! 貴方を冒険者協会に通報しないでおく! それを報酬って事にしといて!」

「え、は? なんで俺が通報されんだ?」

「元々私は『ここら一帯の森を徘徊する不審人物の特定』を目的に潜伏してたんだから」

「はぁ? 俺なんかよりもあの腕がいっぱい生えてたよく分からん化け物の方が怪しいだろ!!」

「いや、その化け物とやらの方自体初耳ですけど???」


 ハァーーとゼロは深いため息をついて、自らを鼓舞するように顔を両手で叩き、立ち上がった。


「分かった分かった。そういう取引で良いよ。これからしばらくよろしくな」

 そう言うとゼロは手を差し出してきた。

 あ! これアレか!! 友情の証!! 握手だ!! そう理解した私は彼の手を両手で力強く握る。ギュギュギュっと、ギュギュギュギュっと!!!!



「な、なんか圧が凄いな……」




 軽くゼロに引かれた気はしたけれど、私たちは冒険者協会第二支部へと帰還するべく鬱蒼とした森の中から出るのだった。




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