その愛、傾斜す

Aki

第1章  花咲く頃

桜の花。

古来より、綻んでは心待ちにし、咲いては宴を開き、散っては心を乱し。 


花の美しさを知ることは、皆と同じ心持ちになること。

満開の桜を見上げながら、同じ思いを抱いている実感が、

私には嬉しいと思えた。





勤務時の昼休み。

会社から程近いコンビニ横のベンチに座り、梅おにぎりを頬張りながら、

駅を眺めている。


駅に続く歩道橋を人が忙しなく行きかっている。

歩道橋の手すりのせいで、皆ちょうど肩から上の部分しか見えない。

黒々とした頭の部分が目立ち、右へ行ったり左へ行ったりしている。

右手に駅があるから、右側に行く頭が多い。

黒い点が右へ左へと行きかっているように見える。

ここまで抽象的になると、何時間でも見ていられる気がした。

実際ぼーっとしてしまい、休憩時間明けギリギリになってしまうことも、

よくある。


心から幸せだと思うことがあると「その幸せは長くは続かなかった」と、

再現ドラマの文字が脳内に羅列する。子供のころからの癖だ。


いつもと同じ毎日。一見すると、虚しさの中に、本当の幸せはあるものだ。

私には、平凡な毎日が心地良かった。


共感することが苦手な子供だった。

私にとって相手の気持ちを知ることは、言葉や視覚的情報から類推しているに

過ぎなかった。


物心ついてから親に叱られる時も、親の怒り具合は両目と言葉の怒気から判断した。

最初は細かい感情の違いまでは、なかなかわからなかった。

だから、「怒っている」と相手の様子を一緒くたにして判断することが多く、

ネガティブだと私が認識する感情をぶつけられると、全て怒られていると

認識していた。

相手に謝ると、意外な反応を見せられることも、しばしばあった。


私は正しく相手と同じ思いを共有することが苦手だった。




そんな感じだったから、私の共感力は後付けで。本を読んだり、人の話を聞いたり、テレビを見たりして感情の引き出しをどんどん増やして行った。


ひとつの感情に紐づけられる視覚的手がかりは、どんどん増えて行き、

どんどん共感の精度は増していった。


知れば知る程、人間の心は複雑で興味深いものだった。

全くもって一筋縄ではいかない。


元々自分の中に無かった「共感」というものに、

私は激しく惹きつけられた。











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