02 何のための茶室

 まず、何のために二畳の茶室を作るのか。

 それが、宗易の頭をつかんで離れなくなった。

 秀吉に聞こうにも、秀吉はあの山崎合戦のあと、輪をかけて忙しくなり、とても会える状態ではなかった。

 そこで、弟にして腹心である羽柴秀長を捕まえた。

 よりによって山崎で。

 聞いてみると「兄者は山崎ここに城を作る」とのことだった。


「えっ、山崎ここにでっか」


然様さよう


 秀長は、その城を築く差配を任されたという。


「兄者は、長浜を捨てるおつもりじゃ」


「長浜を」


 秀吉の立身出世の象徴、近江長浜城。

 その城の縄張りから何から何まで、秀吉がその築城術の粋を尽くして建てた城。

 それを。


「捨てるゥ言いはるんでっか」


然様さよう


 いつしか秀長と宗易はふたりで山崎の山中を歩き、新たな城について話した。


「とにかく」


 秀長はふもとにある宝積寺ほうしゃくじに戻った時、言った。


「兄者は山崎ここに城を築く。茶室が欲しいのでは」



 山崎というのは、京――山城と摂津の境にあり、古来、商人が居を構えており、水にも恵まれ、ここを押さえるというのは自然な考えだ。

 してや、秀吉は清須会議により、長浜城を柴田勝家に譲ることになり、姫路城を居城にしていた。

 現在、京にいる秀吉が、その京の西玄関ともいうべき山崎をやくせば、その姫路方面――つまり西国と連携することが可能となる。


「堺もやな」


 宗易はひとりごちた。

 今、山崎城の縄張りにたたずみ、西を望んでいる。

 遥か姫路と山崎の間には堺がある。

 秀吉は一見、京を抑え、山崎に城を築き、姫路とのを構築したかに見える。

 が、秀吉のの中、京と姫路の間には堺がある。


「これは逃げられん」


 単に宗易ひとりのことではない。堺が逃げられないのだ。

 一手打ったと見せて、その一手は四方八方へと繋がっている。

 それが、秀吉。

 鬼才・信長の下で、最も異能を誇った男。


「…………」


 城の縄張りを歩きつつ、宗易はうしろに付き従う高山右近から指示を求められた。


「ではそのように手配いたします」


 摂津と山崎は近い。というか、山城と摂津の境が山崎である。

 そのため、摂津の国人である右近は、山崎城の築城に最適の人材といえた。


「問題は」


 この千宗易が、いつの間にか山崎城の築城をやらされていることだ。

 あれから、羽柴秀長は宗易を置いて、姫路へと向かった。

 そして気がつくと、右近がで宗易の指示を仰ぎに来た。


「やられた」


 宗易は秀吉の豪胆さに舌を巻いた。

 堺を閉じ込め、その堺のともいうべき山崎を、宗易に任せる。

 秀吉はこれで、堺を手中にしつつ、それを宗易に監視させている。


「恐ろしいお方や」


 たとえば宗易が裏切って、柴田勝家なりと手を組んだとしよう。

 即座に京の秀吉と姫路の秀長から挟み撃ちである。


「こないに何重にも人を、町を、城を、を」


 故・織田信長がもしこれを見ていたら、どう思うか。

 下手をすると、己をも上回る異能を。


「何にせよ、茶室を作らんと」


 かつて信長は秀吉に無理難題を与え、秀吉はそれを果たし乗り越え、織田軍団の筆頭に迫る地位を手に入れた。

 もしかしたら宗易も、この二畳の茶室という無理難題をかなえた時――。


「そないな地位、手に入れたら。それこそ、あたかも」


 羽柴秀吉のようにと思われるのか。

 宗易は怖気おぞけを震った。

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