第17話「背中合わせのエンカウント⑤」

「ぶっちゃけると、よもにゃんはこのままじゃYOLOずーやーとぽてとに勝てんって思たんやん?」

 ののかが本心を突いてくる。

「そやから自分がなんとかせんとって走ったんやん?」

 確かにののかの言う通りだ。自分たちの演奏があのウクレレに勝てるかと言えば微妙だった。

「のんちゃん思うねやけどなぁ、よもにゃんもみずも遠慮しすぎやで。なに二人して遠慮してんのかわからんのやんな」

 環は返答に困った。悪くはない、悪くはないんだ。

「たまちゃん、うち悪いとこあったら治すし、言って欲しい。自分じゃわからへんもん」

 瑞稀が環に詰め寄るがなんて言っていいのかが環にはわからない。

 雰囲気を察して優里が瑞稀に

「正直悪いとこなんてあらへんんよ。文句もあらへん。そやけど絶対的になんか足らへん。なんちゅうか、普通なんよ」

「普通?」

 瑞稀が聞くと、環が重い口を開く。

「体育館で踊ってる瑞稀を見た時に思たんよ。この人は絶対なんかを表現したい人かて。それが身体中から溢れ出とった! でも歌ってみるとその怒りにも似たパワーは感じれんくて……」

「…………」

「うちが観たい瑞稀はこんなもんちゃうって……」

 その時、キッチンにいる瑞稀の母が「ご飯炊けたからそっち持ってって」と声が掛かる。

 ののかが立ち上がる。

「つまり、ご飯は飲み込んで、その分いいたい事全部吐き出してまえって事やな」

 と言ってキッチンの方へ歩いて行った。

「なんで言うてくれひんの?」

 拗ねたように瑞稀は環に問う。

「えっと、誘った手前言いにくくて……」

「でも優里には言ってたんやろ?」

「まあ、それは……」

「ズルい。あんな勢いでうちのこと口説いといて!」

「口説くって……」

 感情が昂って瑞稀は椅子から立ち上がって、目にうっすら涙を浮かべながら環に告げる。

「あんたが必要やってあないにハッキリ言われたことあらへんし! 今まで一生懸命やっとっても、おちょくられたことしかあらへんし……」

 両手をテーブルについて項垂れる瑞稀。そこへ瑞稀の母が土鍋を持ってリビングへ入ってくる。土鍋をテーブルの上にあるカセットコンロに乗せると、瑞稀の肩に手を置いて、

「瑞稀は頑固やさかいな。そないな風に思うとったならまず自分から話さなあかん思うで」

「お母さん……」

「ま、めんどくさい子ぉやけど仲良うしたってな。この子ぉあないに楽しそうに学校であったこと話すの久しぶりに聞いたんでうちも嬉しいかったし。ほら、みんなでお鍋食べてもうて!」

 優里がグッと身を乗り出して鍋から具材を小皿に取り分け、

「お母さんいけますえ。たまちゃんも充分めんどくさい子ぉやさかい」

「ユーリ!」

 リビングの空気が変わるのがわかる。

「瑞稀、言葉に出さへんとちゃんと伝わらへんで」

 母に促され、瑞稀は環に向かい、

「たまちゃんごめん。うち、ずっとひとりやったさかいどう接してええかわからへんかった」

「ううん、うちこそかんにんえ。遠慮してもうて」

 気まずそうにする二人を見て優里とののかは目を合わせて笑う。


「そもそも、たまちゃんはなんであんなに平井に嫌われてるん?」

 瑞稀がキッチンから鍋の食材を運びながら聞いた。

「ああ、それな……」

 環は複雑な表情を浮かべて答えに躊躇していると、優里が代わりに答えた。

「4月の新入生説明会の話なんやけど、そこで平井のバンドの演奏があってな」

「ああ、あの話か」

 すかさずののかが納得するように頷く。


 4月の三週目の週末、軽音部では新入部員への説明会が視聴覚室で行われていた。

 部長である長谷川斗夢の挨拶から始まり、幹部を交えて一年の大体の行事等の流れを説明した後に副部長である平井正志のバンド、zenith mujica(ゼニスムジカ)が演奏を始める。

 曲は邦ロックで人気のあるバンドのヒット曲だった。

 曲が始まると共に、後方に座っていた2、3年生が立ち上がり手拍子を始める。

 それを受けて演奏する服部長バンド。拳を振り上げ、手拍子を打って盛り上げる上級生が30人程に対し、間に入ってどう反応していいか戸惑う15人くらいの新入部員。その中に環と優里はいた。

メロディアスなイントロを経て平井が歌い出す。少し高めに作った様な歌声は、流行りなんだろうがなんとなく鼻につくというか環には気持ち悪かった。カラオケでよく聴く歌い方だ。

サビに差し掛かると後方にいる部員が更に盛り上がって、新入部員である環たちは反応した方がいいのか微妙な感じになっていた。

「なあ、たまちゃん。これどう反応したらいいん?」

「さあ、ノリが合うんならええし合わんなら終わるまで静かにしとけばいいんやないの?」

「あー、でもリズム隊はええ仕事しとるんちゃう? ボーカルの歌い方が鼻に付くから目立たんけど」

「それが全てやんね」

 曲が終わり、やり切った表情でメンバーが中央に集まり、平井がマイクを持つ。

「どうもありがとう! 2年生バンド「zenith mujica(ゼニスムジカ)」でした。曲はアジカンの天体観測。聞いた事のある人も多いと思う。今の演奏を参考にして、自分の希望パートを考えてバンドを組んでみてな」

 後方の上級生たちから拍手や歓声が上がる。平井はそれに応えると、新入部員へ視線を向け。

「今日楽器持っとる人は持ってきてって聞いとると思うから、それ以外のこれから楽器選ぶ人の参考までにうちのメンバーから選び方や注意を教えとくでー」

 平井は新入部員を見渡し、

「見た感じ楽器持ってきとるんは5、6人くらいか。まずは一番希望者が多いと思うギターからな」

 平井は開放弦でひと鳴らしすると、

「ギターって種類が沢山あるし値段もピンキリなんで実際買うとなると悩むと思うんよ。ギブソンがええとかフェンダーがどうとか、生産国がアメリカとか韓国とかこだわっとるヤツが多いと思うねんけど、俺が使ってるこのギターはな、G&Lっていうメーカーのエスクワイヤーってモデルで10万くらいのやつやねん。G&Lってメーカーはあんまし知られてひん思うけど、フェンダーの創業者であるレオ・フェンダーが作り上げたメーカーでな、そしてそのレオ・フェンダーが最初に作ったエレキギターがエスクワイヤー で、最初のエレキギターなんよ。そしてそのレオ・フェンダーが最後まで製作に関わったんがG&Lってメーカーやねん。つまり、今の商業主義第一になっとるフェンダーはには無いレオ・フェンダーの魂が入っとる本物のギターメーカーなんよ。そこのメーカーの本物のエスクワイヤーがこいつ。そういう歴史とかも考えると楽器選びも楽しくなってくる思うで」

 平井は自慢げに自分のギターを掲げる。明るい茶色に黒色のピックガード。G&LのASAT Classic Maple Butterscotch Blondeというモデルだ。

「えーと、今日楽器持ってきとる一年はー。(前列右側でギターケースを椅子に掛けていたのを見て)そこの君、名前は?」

 指名された女生徒が「湊史華みなとふみかです」と応える。

「ちょっとギター見せてみて」

 平井に促されてケースからまだ新しいチェリーサンバーストのレスポールを取り出す史華。

「メーカーどこ?」

「エピフォンです」

「まあ、ギブソンなんか無駄に高いもんな。ってそれ、アニメで人気になったヤツやん。自分アニメとか好きなんか?」

「……いえ、そういう訳じゃなくて」

 口籠る史華の言葉を塞ぐように平井は続ける。

「ええんと違うか。アニメの影響で始めるヤツ多いしな」

 優里が環の耳元で囁く。

「感じ悪っ!」

 思わず吹き出す環に気付いた平井は環のギターケースを見て環を指差すと、

「そこの君はギター? メーカーどこ?」

「メーカー? バニーズのRGです」

「イバニーズ? 聞いた事無いな。ちょっと見せてみてくれひん?」

 平井に言われて環はケースからギターを取り出す。平井はギターのヘッドに書かれたロゴを見て、

「ああ、バニーズね。それもストラトのコピーか。まあ、エレキ言うたらストラトみたいなイメージあるもんな。まあ、それだけレオ・フェンダーのデザインは優秀っちゅうか――」

 ゆっくりと立ち上がる環を見て頭を抱える優里。

「あかんわ」

 環のブラウスの袖を掴む優里。環は構わずに平井に向かって口を開いた。

「ギターって自分の思うような音出たらなんでもええんちゃいますか? メーカーやら歴史やらそんなん関係あらへんと違います?」

「思うような音ってどういう音? さっき言ったよな、そもそもエレキギターの元祖になったのはな――」

「そんなん聞いてひんやん。あんたがうちらのギターにグチグチ言うのに対して言うただけやん」

「はあ? 新入生やと思て優しゅう言うてるのに文句あるんか?」

「優しゅうって、トゲありまくりちゃいますか?」

 睨み合う二人。優里は環が飛び出して行かないように腰に抱きついている。

 平井は大きくため息をつくと教室中を見渡して、

「みんな聞いた? 新入部員が文句あるらしいよ。これって軽音がバカにされてるって事ちゃうんかいな?」

 室内がざわつく。

 部長の長谷川が平井を抑えるように前へ出て、「今日はもうええやろ」と終わらそうとしたが、環は続ける。

「軽音部に文句はありません。その人に文句があるんです」

「はぁ? お前、誰に向かって口聞いてるかわかってるんか?」

「さっき演奏してた絶妙に気持ち悪い歌い方のギタボの方です」

「なんやと!」

「ギターの知識でマウント取ろう思うも演奏ではパワーコードしか弾かないとか、魂が込められたギターがかわいそうに思わへんの?」

「喧嘩売っとんのかお前⁉︎」

 平井はゆっくり環の前に詰寄るが、バンドメンバーの谷川雄一と田中ライトが止めに入る。

「もうやめよう、な、平井くん」

ギターを抱えながら谷川は平井を窘めている。

エキサイトした平井は怒りを抑えきれずに環に向かって、「そんな大口聞くなら相当なギターの腕してはんにゃろ? 是非聞かせて欲しいわあ、なあみんな!」と教室全員に聞こえるように大声で告げる。

「そうそう、来月なあ、一年生の新バンドお披露目ライブがあるんよ。それ出ろや」

 長谷川は頭を抱えていたが、ゆっくりと立ち上がり、「今日は解散やろ。えっと、そこの一年の女子はここ残って。ちょっと話そう。平井は17時からの幹部ミーティングで話すわ」と、二人に告げるのが精一杯だった。


 環から経緯を聞いた瑞稀はテーブルに拳を叩き付ける。

「そんなんはじめからおちょくろうとしとったんやん!」

「ほんまにくだらん、くだらん、くだらん! うちはユーリと一緒に音出して練習出来る場所が欲しかっただけやのに、なんであんなパワーコードしか弾けないギタボ野郎にチクチク嫌味言われなあかんのかがわからん」

 用意された鍋の食材を育てていたののかが口を挟む。

「まあ、あれは確かに褒められるもんと違うし、ギターとか音楽の知識も聞きかじりで上っ面だけやし。実際部長の長谷川さんも平井にはこまっとるしなー」

「なんでそない問題ばっか起こすんが副部長なんやの?」

 優里は穏やかなトーンでののかに聞く。

「うーん、なんかアイツ変に人気あったりするんよ。ゼニスが演奏してる時異様に盛り上がる集団おるやろ? バンド見ても結構上手いヤツらが集まっとるんもそうやし」

 優里が頷く。

「確かにリズム隊はええですよね」

「ボーカルはキモいけどな」

 環はあくまで認めないようだ。

「でもな、街イベとか中庭ライブとか、ジョイコンもそうやけど、人集めんといかん時にキッチリ集めるんよ。そういうのは認めんとあかんよな」

 確かに商店街主催のイベントとかで観客5人くらいしかいないのをよく見るが、流石にああいう雰囲気の中で演奏するのはキツイ。

「そういう実績あっての副部長やからそこは納得するしかあらへんねや」

 ののかの言葉に納得出来ない瑞稀。

「でも、自分をよう見せるために人を下げるような言い方する人なんか認めたないです」

「そやからな、ぶっ潰しちゃろうや」

「ぶっ潰すって」

「アイツがなんも言えんくらいの演奏して黙らしちゃろうや」

 ののかの目は真剣だった。

「みんなとなら出来る。もっと楽しいこと出来るって! やからまずは学祭ライブで完膚なきまでぶっ潰しちゃろうや」

「ほな、曲もなんか今の軽音がやらなさそなのにしまへん?」

 優里が提案する。

「軽音のみんながやっとるのっちゅうと、邦ロック以外ってこと? シティポップとか昭和歌謡とか?」

「いや、そこはあくまでロックでっちゅうかな」

 ののかの少し飛躍した答えに優里はたどたどしく答えた。

「マイケルやりたい!」

 環が嬉しそうに叫ぶ。

「だからうちは英語無理やって!」

 瑞稀は頑なに拒んでいる。

「まあまあ、その辺は今日決めんでもええんとちゃうかな。よもにゃんはハードロックっぽいのがええんやん? 優里はたまちゃんとほぼ一緒で、みずは日本語の曲ね」

「真面目な話し、瑞稀は英語の曲なんとかならん?」

 たまらず環は瑞稀に聞くが、瑞稀はじっと環の目を見つめるとこう言った。

「たまちゃん、うちミュージカル観て感銘受けたって言うたやんな。そやさかいうちにはことばを大切にしたい。言葉に気持ちを乗せて歌いたい。そやさかい日本語じゃないとあかんのよ。英語は無理」

「そっかー」

「ほな、日本の思いっきり古いのんは? 80年台のバンドやら? たまちゃんのおとうはんその辺は詳しいやろ」

「ええな! 80年台なら「RC」とか「はっぴいえんど」とか「サデスティックミカバンド」とか名曲中の名曲がぎょうさんあるし、アレンジはウチがなんとでもするから、音源あったら借りてきて!」

「まあ、聞いてみます」

「みずはなんか希望あらへんの? ミュージカルでもロック・オペラとかそういう曲あるんとちゃう?」

「ロック・オペラっちゅうと、ジーサスクライストスーパースターとかですかね? バンドで演奏するには印象弱い気ぃします」

「そっかー」

「でも世界観がある曲ってええですね」

「そや、持ち時間10分やから2曲を世界観一緒にしてひとつの作品みたいにしたらどないや?」

「いいですね!」

 リビングの4人にキッチンにる瑞稀の母から声が掛かる。

「あんたたちもうええ時間やさかい帰ったほうがええんとちがう?」

 スマホの時計を見ると午後9時少し前だった。

「そうやな、往のかみんな」

「ほな最後にアイス食べてってな」と、瑞稀の母は言うと、「みーちゃん、手伝って」と瑞稀を呼ぶ。

 瑞稀と母はアイスを持ってテーブルの3人に渡していく。

「瑞稀は昔っからバニラのアイスクリームしか食わんの」

 瑞稀の母はそういうと、「パフェとかな、プリンアラモードとか見て「おいしそー」って可愛い子供ぼ顔見たいちゅう親の気持ち台無しなんやねー、みーちゃん」

「うちはバニラのアイスクリームが好きなん」

 照れてると言うか恥ずかしがってる瑞稀。環は普段見れない瑞稀の姿を見て楽しそうだ。

「お母さんは、若い頃の思い出の曲とかよう聞いた曲とかあるんですか?」

 ののかが瑞稀の母に聞く。

「うーん、うちはダンサーになりたかったからみんなの好きそうなロックとかは……。あ、そや、小学生の時に凄くハマった曲があったんよ。いつも通ってたレコード屋さんのアルバイトにライブに連れてってもらってな教えてもらってな。日本で始めて日本語をロックのリズムに乗せたアーティストって言われとる人やんやけど、CD捨てられんで今もあるで、「鼓動ーkodoー」っていう曲でな」

「おかあさん、それ初耳なんやけど」

「青春の思い出やからな」

 母のちょっと照れた表情が珍しいのか、瑞稀は母親からもっと聞き出そうとする。

「そのCD聴きたい! どこにあるん?」

「あー、そやけど、CDの音源より、ライブのビデオの方数百倍ええでー。LDがまだとってあるはず」

「LDプレーヤーも多分実家の咲おばちゃん家にあるわ」

「見たい見たい」

 もはや瑞樹だけじゃなく、全員がノリノリだった。

 ののかがそのアーティストの曲を検索してスマホで流す。

「これですか?」

「そうそう、そやけどライブがアレンジ違っとおうてめちゃくちゃええさかいライブ見て欲しいわあ」

「じゃあ瑞稀ママの曲も候補に入れましょう! たまちゃんパパにも聞いといてな」

 優里はニッコリと環に微笑む。

「よかったな、今日は色々いい話出来て。お母さんもお鍋美味しかったです」

 ののかが嬉しそうに瑞稀の母に礼を言う。

 それじゃあ、と今日は解散の流れになり、皆で駅まで行くことになった。


 マンションを出るとすぐに濠川の遊歩道に出る。そこを登って出会い橋から中書島駅へ向かう。

「たまちゃん」

 瑞稀の母に呼び止められる。

「あの子な、小学校で幼馴染みが転校してからずっとひとりやねん。よかったらなかようしてやってな」

「もちろん。瑞稀とはずっと一緒にやってきたい思てます!」

「ありがとうね」


 中書島駅の明かりが見える。瑞稀のあんな楽しそうに笑う姿を見るのは久しぶりだった。


翌日、発表があり、商店会合同ライブイベントはYOLOずーやーといろはにぽてとに決まる。

不思議と悔しさは無かった。

これから色々な事をやらなきゃいけないが、環たちにはそれが凄く楽しみであったのだ。

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