紅葉館のジュリエット
第5話「紅葉館のジュリエット①」
学園祭ライブに出る条件を伝えるミーティングが終わり、荷物をまとめて廊下に出た
「なんなんアイツら」
「多勢に無勢やな」
「ちゅうかさ、軽音部って普通人がいぃひんで廃部寸前やらなんちゃうん?」
「人生はアニメみたいに上手うは転がってくれまへんなァ」
「それになんなんあの学園祭スローガンって?」
「ああ、あれな」
――ことばと心を伝えよう――
「上手いこと言うたみたいにして、こじつけとちがう?」
環はそう言いながら下駄箱から茶色のローファーを取り出し上履きと履き替えるとビニール傘を差しながら外に出る。優里もそれに続きながら環に。
「ボーカルのあれやな。まあ、インストって見下されてる感じあるわなァ」
「ボーカルのどこが偉いん? まともに歌えるヤツいぃひんやん」
「部長んとこはまともとちがう? ちょいナル入ってキモいけど。あとCマネのかすみ先輩んとこ」
「そうや、かすみ先輩がおった。部長んトコは確かにキモいなぁ」
「まあ、高校生なんやしほとんどカラオケで上手いレベルなんとちがう? で、それよりボーカルどないすんの? 軽音で余ってるのたまちゃんが好かん『ボーカル以外全部募集』しかいィひんで。それにみんな下手くそやし」
「もう他から引っ張ってくるしかあらへんかもな」
「この前観た映画でな、高校生バンドが学祭出るんにボーカルいなくて、最後は部室棟から出て来る最初の人にしよって適当に決めてまうのあったなァ」
「適当すぎやろそれ」
「で、学祭は盛り上がって大成功みたいなオチ」
「ありがちやな」
「今日は商店街のマクドでも行きまひょか。そこでミーティングやわ」
「遠い」
環はダルそうに答える。
「もう、たまちゃん。このまま行くと軽音の吹き溜まりにおるアイツらから選ぶ事になるんよ」
「そらイヤやなぁ」
「ほな行きまひょか」
マクドナルドがある商店街に行くには10分ほど歩かなくてはいけない。いくら小雨とは言え、環は億劫に感じた。そこへ「なにしとんの二人して」と声を掛ける男子生徒がいた。
「なんだ
環が声に反応する。声を掛けてきた男子生徒は、藤井大智。環と優里の幼馴染で、同じ紅葉館伏見高等学校の吹奏楽部でコントラバスを担当している。幼馴染と言っても環と優里よりひとつ上の学年、二年生だ。185センチと大柄な身体で性格も温和。嫌味は言うが滅多に怒ることはなく、吹奏楽部では意外と人気があるらしい。
「そうえ大智、今吹部大事な時やないの、サボったらあかん」
「ていうても今年もB部門やから、Aのヤツらと違って早う帰れる時もあるって」
「ほな大智、今からマクド行きひん?」
環が大智の腕に抱きつく。
「は? 雨やぞ」
「少し大事な話がありましてなァ」
環の意図を理解した優里が大智の腕に自分の腕を絡ます。
「ちょい、濡れるさかいやめい。わかった、行くし」
駅近くのマクドナルド。高校からは駅の反対側にあるせいか、同じ学校の生徒は多くない。しかし、店内は他校も含め、学生で溢れていた。
「だいちー、こっち空いとるよ」
環はめざとく三人分の席を確保して二人に声を掛ける。優里は「さすがやね」と言いながら環の隣に座る。
「それでな大智、相談があるんよ」
「なんや、改まって……」
大智と環、優里は幼馴染で家族同士とても仲がいいのもあって、家族の様に育てられてきた。もちろん情報は筒抜けで、前回の環のやらかしも全て聞いている。それだけにこのタイミングでの相談事はイヤな予感しかしない。
環は9月の学園祭ライブのグループチャットの画面を見せながら大智に今日あった経緯を話した。
「今日のミーティングで学祭に出るのに四人以上やないと出られんって言われてな」
「ウチらもう困ってしもうて」
「で、大智にウチのバンドに入ってもらおう思てなァ」
「ちょいちょいちょい、いきなり何無理言うてんの」
いきなりの提案に大智は焦りながら拒否するが、環は構わず続ける。
「大智にはベースをやってもらいたい――」
「いやいやいや、おかしいて」
「大智Bチームなんやろ? そならええやん、ウチんとこのバンドに入っても」
だめだ、この二人何もわかってない。
「そもそも、なんで俺がベースなん?」
「いや、大智コントラバスやん。ベース弾けるやろ?」
「あんな、コンバスとベースは完全に別楽器やねん。イチから始めるんと変わらんし」
「またまたぁ」
ニヤケ顔で詰め寄る環と優里にだんだんとイラついて、飲んでいたコーラのストローを抜いて先っぽに付いているコーラの滴をピッ、ピッ、っと二人の顔目掛けて飛ばす。「うわっ」っと顔にかかった水滴を拭きつつガードする二人。これは大智がイライラして来た時にするやつだ。二人も気付いたのか、「わかったから、ごめんて」と謝ってくる。でもまあ、心配っちゃ心配だし、軽音の先輩らの話も少し理不尽な気もする。
「俺は出れんけど、少し探したるわ」
「ほんま! さすがお兄様」
「うれしおす、お兄様」
「なんやこんな時ばっかお兄様お兄様って。キモいわ」
環と優里はわざとらしくすがるような目で大智を見ている。まあ、真面目に困ってるんだろう。少し可哀想な気もするし、そこは協力してやらないと。
「出場するんに四人必要なんで、ボーカルと、やっぱりベースがええなぁ。お兄様」
「ボーカルは絶対やからまずベース探してくれまへんお兄様」
大智はゆっくり立ち上がり、両手を二人の頭に置いて「聞いたるからお兄様いいなや。あと優里は媚びるような京ことばやめて。わかったか二人共」と凄む。
「いたいいたい……わかったさかい頼むで、ホントヤバいねんて」
喜ぶ二人の姿を見ながら、大智は一抹の不安を抱いていた。こんな自分のテクニック全開で弾きたいギターと、たまちゃん大好きで環に合わす事しか考えてないドラムのユニットに入ろうと思うベースいんのかよ。いたとしてもも可哀想過ぎるだろ。あとボーカルかぁ。ボーカルなんて軽音にやるって言うヤツ沢山いるだろうし、そいつらじゃダメなのかな? ん、なんか歌習ってるヤツがいるって話聞いた記憶があったぞ。なんだっけ、ああ、そうだジュリエット――
「そや、一年に歌上手いのいるらしいぞ」
「えー、誰々?」
「ちょい待って、聞いてみるな」
大智はスマホを取り出し、LINEでメッセージを送る。返信はすぐに来た。
「なんかそいつはミュージカル女優を目指してるらしいで」
「ミュージカルってなんか歌うたり踊ったりするやつ?」
「いや、踊らんでええし」
「あー、ララランドや」
「合わんな」
大智の提案を環はバッサリと切り捨てる。
「他いこ」
「ちょい、人に聞いといてそらあらへんやろ。大体お前ら二人は昔から――」
大智の手にスマホのバイブ通知の振動が伝わる。そのまま通知をタップして確認するとクラスと名前が書かれたメッセージが来ていた。そのメッセージをコピーして優里に送る。
「一年五組、森澤瑞稀って子らしい。優里にクラスと名前送っといたから気が向いたら声掛けてみて」
「森澤……知らんな」
「クラスちゃうとわからへんなァ」
大智に続けてメッセージが来る。
「んーと、演劇部にいたんだけど、上級生と揉めて辞めて今はストリートダンス同好会に入ったらしい」
興味がなさそうな二人を横目に見ながら大智はスマホのメッセージを読み上げる。
「あー、ちょいクセが強いみたいやけど、お前らも強い方やからちょうどええんちゃうか」
「「強くないし」」
なんとも冷めた口調で二人の声が重なる。大智の方は慣れたもので、「じゃあ、そろそろ行こか」と区切りとばかりに席を立つ。
「もっと真面目に話聞いてや」
「まあ、たまちゃん。大智は吹部に人生かけてる人やさかいそないたくさんは望まへん方がええわ。Bやけど」
「Bやけどなぁ」
はぁ、とため息を吐く二人を苦々しく思いながら大智は「ほっといてくれませんかね」と静かな口調で告げた。
「あ、あとベースな、ベース。忘れんといてな」
「へえへえ」
幼馴染三人の会話は何の進展も無く、店を出て自宅近くまで続いた。
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