中国国民党って何?

【党の創建】


さて、アジア初の共和国として建国された中華民国だがここで当時3歳だった清王朝最後の皇帝の愛新覚羅溥儀を退位、ここに約300年続いた大清帝国は滅亡。


その後は、皆さん世界史の授業で習いご存知のオーストリア帝国皇太子フェルディナンドが暗殺された事件から。

それをきっかけに激怒したウィーン政府が最後通牒を突きつけ大日本帝国、イタリア、帝政ロシア、フランス、イギリス率いる協商国とオスマン帝国、ブルガリア、オーストリア、ドイツ第二帝国から構成される中央同盟国が激突した第一次世界大戦である。


その後は。

1914年にフランス、ロシア率いる協商国とドイツ帝国中心の中央同盟国が衝突した第一次世界大戦が勃発した際は、対華21か条の要求が新たに山東省の権益確保に動いた大日本帝国によって押し付けられる。


翌年の15年には初代大総統だった袁世凱が国名を「中華帝国」に変更、更には娘を溥儀の親族に嫁がせる計画を立て専制君主制の国に変えたが。


国内の反発が凄まじく、結果的に袁自身皇帝の座を退き(尚、正式に1度も即位及び退位式を実施された事はなかった)無事に共和制の中華民国に戻ったそうだ。


しかし、治安は更に不安定に陥り馬家軍、山西、広東、広西、雲南、新疆、クムル等の軍閥に分かれ各地で盗賊が跋扈する時代に突入した。

その中で満州に1大勢力を築いていた張作霖率いる奉天軍閥によって国事態維持されていた。


【何故うまくいった】


それが終わって仏国の首都、パリで行われたヴェルサイユ条約が結ばれ終結した僅か1年経った1919年に、革命家孫中山(孫文)先生及び賛同していた人達によって創立されたのが所謂「中国国民党」である。

前々身となる1906年の中国同盟会時代に孫文先生が自身の考えに綿密にまとめられ記された三民主義だ。

内容は具体的にこうだ↓


1.共産党・社会主義の悪魔の駆除・中国本土から外満州(沿岸州)タンヌ(1911〜44年に辛亥革命の混乱で独立を果たし、モンゴルとバイカル湖の間辺りにあった幻の国で、現ロシア領)そして樺太までの広大な中華の土地の回復する民族主義


2.軍政、国民党が主導する訓政、民主化して民政の段階を順番ずつ踏んで真の中華民国の建国を目指す3段階構造論に基づく民権主義


3.儒教の年功序列、陰陽の教えの道教含む中国の伝統と「国家資本主義をもって1歩着実に成長し、経済発展を遂げ成功」へと導く民生主義

の3つの理論から構成されるのが孫文先生の提唱した三民主義である。


→何といっても、最大の特徴は。

「権威主義の手法で繰り広げられるアジア伝統の強権政治や空気を読む国民性、そして

反共運動の恩恵」であろうか。


冷静に考えれば。

・イラク戦争やアラブの春によって1般人らがお祭りムードで浮かれ、いきなり民主化を宣言し見事に失敗した中東諸国と比較すれば


・如何に慎重になって、改革を計画的に進め独自に精錬されてる


その点で、中国国民党の政策・方針によりどれ程成功させた説得力ある実績かお分かり頂けただろうか。

では、そんな中華民国がどういった歴史を歩み、今日に至ったか見ていこう。

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