霖雨蒼生の姫君にはなれない。

小花衣いろは

序章



 ――雨が降っている時は、神様が代わりに泣いてくれているのよ。



 幼い頃、母が口にしていた言葉。

 泣いている私の頭を撫でながら、母は優しい声で、いつもそう言っていた。


 だからもう泣かないで、と。


 私の涙に濡れた頬を、優しく拭ってくれた。



 ***


 横断歩道橋で、一人ポツンと立ち竦んでいた少女は、手にしていたビニール傘を手放した。地面に落下した傘は、強く降りしきる雨粒を弾きながら、地面をコロコロと転がっていく。


 そして、次の瞬間。


 少女の身体は、ふわりと宙に浮いた。

 そのまま重力に従って、下へ下へと落ちていく。



「(……それじゃあ、神様の代わりに、誰が泣いてくれるんだろう)」



 少女は、ふと思った。

 今も泣いているのであろう神様を思って、純粋な疑問を抱いた。


 けれど、その問いに答えてくれる者は……もう、誰もいない。



 泣き方など、とうの昔に忘れてしまった少女は、そこで、意識を手放した。


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