望まぬ転生、お断り!

沢野 りお

第1話 望まぬ転生、お断り!

――大賢者。


別に特別な何かになったつもりはなかった。

新しく触れる知識に夢中になり、がむしゃらに古書を集めて学び、気が付いたら知らない誰かがそう呼び始めた。

大賢者であると――。


自覚なんてあるわけない。

他種族の言語に精通し、種族間の争いを収めた偉人……違う、魔法付与するのに神代文字が便利で覚えただけだ。

神代言語から派生した古代エルフ語や精霊言語はなんとなくわかるし、現代語なんて半日あれば習得可能だろう?

天災に喘ぐ民衆をその偉大なる御業により救われた……え? 旱魃には水魔法だし地割れには土魔法。

農作物の不作には木魔法で対応できるでしょ? 行使した魔法が広範囲過ぎるって?

毎日、魔力をギリギリまで使って枯渇状態で眠れば、朝起きたときに少しずつ魔力は増えるでしょう。

その他にも、孤児を拾い育てあげた結果、その子が大陸を統一する大王になったとか。

星を粉砕したとか、いろいろ崇め奉られた。

拾った子供が大王になったのは、その子の才能と努力だろうし、星を粉砕したのだって隕石がこの地に堕ちたら危ないなぁと思って。


ただの魔法オタクで歴史オタクで本の虫だったのに、気が付いたら世界中からキラキラとした目で見られ息苦しい生活になっていた。

そんな不自由な生活に我慢できるわけもなく、出奔して森の奥の小屋でのんびり余生を過ごした。

ああ、迷子になった魔族を助けて、人ならざる魔法を教えてもらったこともあったけ。

次に生まれてくることがあれば、田舎の子供でいい。

山で遊び川で魚を獲り、畑を耕し家族と笑い生きる……そんな凡庸な子供がいいなぁ。


――それがお主の望みか?

うん? ああ、そうだよ。

誰もいない森の奥の雪に埋もれた小屋の中、一人静かに目を閉じた。











――生まれ変わった。


嘘だろ?

俺が儂の意識を取り戻したのは、齢三つのまだ幼い子供のときだった。

しかも、大賢者と呼ばれていた頃の力はそのまましっかりと受け継がれている。


儂は……俺は黙っていることにした。

せっかく生まれ変わったのだ。

願い通りの、田舎を治める地方の下位貴族、男爵家の三男という、ほぼ平民の男に。

優しい父親、怒ると怖いがかわいい母親と理知的な長兄に喧嘩っ早い次兄。

馬に犬に、爺さんの執事とばあさんのメイド。


貴族の息子でも、朝起きれば鍬を持ち働き、昼間は農民たちと飯を食い、午後は牛や羊を追いかけまわす。

夜は家族で食事をとり、少ない食料を兄弟で取り合った。

なんて、幸せで平凡な日々!


やがて俺は、成人の十五になると家を出て冒険者になった。

決して裕福ではない実家では、成人を迎えた息子三人を養うことはできない。

家を継ぐ長兄、領地を守る騎士になった次兄、俺は少々変わり者と噂され始めた頼りない三男坊。

そろそろ、自分の能力を使ってみたい年頃でもあった俺は冒険者となり、二、三年に一度帰郷し、人としての生を……無事に終えられなかった……。


力のない地方貴族、下位貴族の父親が寄り親である伯爵の罠にかかり、罪人として裁かれることになった。

もちろん、父親だけでは済まされない。

母も次兄も、長兄の妻も生まれたばかりの赤子も、みな裁かれた。

他国の土産をいっぱい持ち帰って、かわいい姪っ子の相手をして、今回は少し長めに逗留しようとか呑気に考えていた俺。

久しぶりに見た故郷は、荒れ果てていた。

古くてあちこち軋む屋敷は、半壊してところどころ燃えて煤となっていた。

その裏手にこんもりと盛られた六つの土の山。

首を斬られた父と母と兄二人と義姉と、会ったことのない姪の墓だ。

領地の誰かがこっそりと作ってくれた土の山の下に、俺の愛する家族が眠っている。


大賢者と崇められ宝という宝が目の前に積まれた前世から、本当に欲しかったしは暖かい家族だった。

その家族が、俺の家族が壊された……。

そのまま夜陰に乗じて伯爵家を潰し、そのまた裏にいた侯爵家を潰しに王都に行き、侯爵家を操っていた隣国の王家を潰した。

仇をとっても俺の心は満たされなかった。

誰も来ない森の奥、いつもなら片手で倒せる肉食系の魔物に無抵抗で嬲られた。


――ああ、もう何もいらない。

失って、こんなにも辛い思いをするならば。俺は愛する家族なんていらない。

人の醜い心なぞ、もう触れたくもない。


――それがお主の望みか?

そうだ。

俺は一人でいい……。









――生まれ変わった。


バカなのか?

俺が最後に願ったのは、そういう意味ではない。

俺は俺の生を、命を終わりにしたかったのだ。


なのになんで、また生まれ変わる?

しかも、なんで俺は卵から産まれた? 生まれたばかりなのに、なぜ体が幼児程度の大きさなのだ?

いやいや、卵から生まれたのに、なぜ、人の姿をしている?

ああ……うん、大賢者時代の知識が教えてくれるな……。

俺の今世は、魔族だ。

しかも……魔王かよっ。


魔族に生まれて幾数十年……長寿の魔族にしたらたいした時間ではない。

生まれたばかりでも大賢者時代の能力がそのまま使え、あっという間に魔界を掌握してしまった。

つまらん。

人が住む地と魔界の間には山脈があるため、不可侵の状態である。

人族嫌い貴族嫌いの我の精神状態にとって最適な場所である。

魔族たちは力がすべてのバロメーターなので、一部の種族を除き物事は純粋な力で決定される。

我が魔王として君臨しているのも、この莫大な魔力と力のおかげだ。

部下とも殺伐とした関係ではあるが、前世のような思いを繰り返すぐらいなら、この程度の付き合いがちょうどいい。


問題は我の寿命である。

大賢者のときも人族でありながら、うっかりと増やした魔力のせいで寿命がずいぶんと延びていた。

しかも今世は魔族の王だ。

死にたいのに死ねん。

鬱々とした日々を過ごすこと、さらに幾数百年。

なんだ? 人族たちの地から厄介な奴らが旅立った?

はあ? 勇者のパーティーってなんだ?

神からの神託を受け魔王討伐を掲げ、人の王たちが結託した冒険者のパーティーだと?

いいから、放っておけ。

魔界に来るなら来ればいい。

倒したいなら倒しにくればいい。

我は知らん。


しかし、日常とは違う出来事に、ちょっと気になる我は日に何度も遠見の水晶を覗いてしまう。

先頭を歩く少年といってもいい勇者は、強い眼差しを前に向け進む。

だが、あの聖女って奴は治癒魔法のレベルが低くないか? 隣を歩く神官の男のほうが神聖魔法のレベル高いんだが。

あと、剣士の男は頭は大丈夫か? 剣術ともいえない猪突猛進型で、明らかに勇者の邪魔になっているんだが?

ついつい、お節介で遠見の水晶越しに支援魔法を送ったりして、配下の奴らに半泣きで抗議されたりして、待つこと十年。

やっと勇者が我が魔界の魔王城に辿り着いた。







「お前が魔王かっ!」


「……そうだ」


ボロボロの装備で魔王の間にやって来た勇者パーティーの四人。

その他の騎士たちは外で、魔族の雑兵とやり合っている。

ちなみに勇者パーティーが魔王の間に来れるように、配下の魔族たちには暇を出していたが、なんでこんなにボロボロなんだ?

オークとウルフぐらいしかいなかったはずだけど。

勇者は体の前で仰々しい剣を構えなおした。

その剣……飾り立てただけで大した剣じゃないけど、それでよくここまで来れたね。

この勇者に対する周りの連中の悪心に触れ、我は鼻白む。

聖女のローブには不必要な宝石が輝き、杖は立派だが低レベルな女では使えこなせない聖具だ。

神官が首から下げているペンダントは、神気が閉じ込められており身代わり防御として最強の防具アクセサリーだな。

うん、脳筋剣士は剣は勇者の剣と変わらないが、身に着けた鎧の素材がミスリル製なんだよ。

勇者の鎧よりいい鎧を着ているのが納得できん。

コテンと我が首を傾げるとバカにされたと思ったのか、勇者以外のメンバーがやいやいと騒ぎだした。


「……うるさい」


指をパッチンと鳴らすと、三人の体が膝から崩れ落ちる。


「仲間に何をしたっ!」


勇者が我から目を離さずに、仲間への非道に声を上げるが、眠ってもらっただけだ。


「勇者よ。取引をしよう」


「なに?」


我は別に魔界の領土を広げようとか、人の世界を壊そうとか思ってはいない。

ずいぶんと長い生を生きてしまったとも思っている。

勇者に倒されるのも面倒がなくていいかと考えていたが、その剣では我は殺せない。

我は魔界を結界にて閉じよう。

人の地に新たに魔族が足を踏み入れることはない。

申し訳ないが、今そちらにいる魔族は人たちで対処してくれ。


「僕たちに利がありすぎる。魔王の願いはなんだ?」


「……そうだな。我は人の心の醜さが嫌いだ。お主が我に人の心の真の姿を見せよ」


「?」


「ふふふ。お主がそのまま。死ぬまでそのままの心で生きられるかどうか。我に見せよ」


「僕の一生を覗き見るということか?」


勇者の眉が情けなくもへにゃりと下がる。


「ああ、そういうことだな。悪いが、その剣では我は倒せん」


「あー、やっぱり」


カチャンとあっさり剣を捨て去る勇者に、我の目が見開く。


「その取引を呑むよ。僕のことを覗き見る代わりに魔界には結界を張って二つの地を隔ててくれ」


「あい、わかった」


その後、パチンと指を鳴らし勇者のクズパーティーの目を覚まし、改めて契約を交わした。

大盤振る舞いでお前たちを、王国まで転移で送ってやろう。


「本当に魔界は閉じられるのですね」


自称聖女という女が上目遣いで瞳を潤ませ、高い声で縋って来た。


「……そうだな。勇者の血が受け継がれている間は魔界の結界は壊れることはないだろう」


聖女に触られている腕が不快なので、神官へと軽く突き飛ばしてやった。


「それではな、勇者よ。心が歪むそのときは魔界に迎え入れてやろう」


悪役らしく高笑いをしながら勇者たちと、一緒に攻め込んできた騎士たちを転移させた。

そして、右手を軽く払って魔界と人の地を隔てている山脈沿いに結界を施す。


「……うるさいから、眠らせておくか」


両手を合わせてバチンと鳴らせば、自分を中心に魔力が円状に広がっていく。

眠れ――魔族どもよ。

我、魔王――閉ざされた魔界に一人、立つ。










期待していたのか?

こんなつもりではなかった。

お前はどんな状況でも前向きで、笑い、瞳の輝きを失わなかった。

あの約束が、お前をこのように苦しめることになってしまったのだろうか……。

天蓋付の広いベッドの上で、やせこけた男が寝ている。

その命の火が尽きようとしてるのだ。


勇者は、魔界を結界で覆った後、聖女と結婚した。

聖女は勇者を後援していた国の王女であり、魔王討伐の褒美として聖女を娶り王となった。

――傀儡の王として。


勇者は元々下位貴族の生まれで自由奔放に生きていた。

勇者として神託が下りた後は、あちこちへ魔族討伐の旅に出て戦いの連続。

そんな者が国をどうやって動かしていける?

宰相や大臣たち、高位貴族たちの思惑に踊らされ、仲間だった神官は大神官となり国から権威を横取りしようと画策し、騎士団長となった剣士は浅い考えで問題ばかり起こす。

極めつけは、守り愛した聖女が生んだ子供が……勇者の子供ではないことだ。


我は静かに眠る勇者の前髪を整える。

国の英雄、世界の守護者、偉大なる勇者であるお前の最後の刻が、敵であった我しかいないとは……なんて皮肉なのだろうな。


「…………ぉう?」


「ああ。我だ」


「…………り、がと」


「……っ。眠れ。ゆっくりとな。後は我に任せておけ」


そっと勇者の閉じられた瞼に片手に当てて数刻、バサッとマントを翻しある場所へと向かう。

約束を破った、その代償をもらいに。

我が王の間に現れると、聖女だったはずの女が金切り声を上げた。

弱く武器防具頼りの脳筋騎士団長が剣を向けて来るのがうっとおしいから、指をクイッと曲げて剣を折ってやる。

神官だった男が聖具を両手に持ち、ブツブツと詠唱を始めたが、我の力を舐めているのか?

とっと闇魔法で体ごと包み床に転がしてやった。


「さて、約定は破られた。魔界の結界は消える」


「なんですって!」


「そんな……」


太った人間……たぶん大臣や高位貴族の奴らだろう、部屋の隅に固まってブルブルと震えているだけでまともに話もできない。


「約束したはずだ。勇者の血が継がれている間は約束は守られると」


我の言葉で勇者が儚くなったことがわかったのだろうか……小さな悲鳴があちこちから聞こえてきた。


「子供ならいるじゃないっ」


聖女が目を見開き唾を飛ばしながら我に訴えてくるが、その腕に抱いている赤子は勇者の子ではない。


「不義の子を得て、邪魔になった勇者に毒を持ったか? 聖女よ」


わざとみなに聞こえるように、声を魔力に乗せ発した言葉に聖女は雷に撃たれたように固まった。

チラッと聖女の護衛である見栄えのいい騎士を見、赤子を見やる。


「ふむ。そちとの子か。残念だが勇者の血は途絶えた。我が軍勢が長の時の安穏に耐えかねて攻めてくるだろう」


勇者がいない今、我らに抵抗できる力はなさそうだ。


「蹂躙されるがいい」


勇者の心を踏みにじったように。

パチンと指を鳴らせば、遠い地で結界が崩れたのが感じられた。

先ほどの魔力を乗せた声で、お前らが勇者に何をしたのか国中が、いや、世界中が知っただろう。

魔族に怯え、民衆からの抵抗に慄き、地獄の中を這いずり回るがいい。


ああ……やっぱり人というものは、救いのない者である。

我は天高く空へと昇り、自分で胸を貫き魔石を、命の源を取り出した。

そして、手で命を握りつぶす。

――もう、終わりだ。


――それがお主の望みか?

そうだ。

もう、終わりだ――










――生まれ変わった。


なぜだっ!

しかも、しかも、今世は……。


「ほら、早く行かないと順番が遅くなっちゃうよ」


我の手を引いて、ステータス鑑定という成人の儀を行うため教会へと連れて行くのは、勇者じゃないかっ!


「楽しみだなぁ。このまま町に行って冒険者の登録もしようよ」


「まだ、能力もわからんのにか」


へへへっと子供のように純粋な顔で笑うと、我の手を優しく引く。

うむ、案の定勇者の奴のステータスはとび抜けて優れていた。

我は大賢者の後の生でステータスを誤魔化す術を手に入れていたので、そこそこの能力にしておいた。

ええい、勇者よ、疑るような眼で見るでないわ。


「冒険者。登録するんだろう」


「あ、そうだ。行こ行こ」


なぜかまた手を繋ぎ冒険者ギルドへと。

先ほど教会で鑑定してもらったステータスを出して、冒険者希望の書類を書いて提出し、見事勇者と我は冒険者となることができた。

……なぜ、勇者と魔法で大賢者である我が冒険者Gランクスタートなのだ。

ぐぬぬっと葛藤している我に呑気な勇者が声をかける。


「ねえねえ、あの人たちが一緒に依頼を受けないかって」


勇者はドキドキワクワクと胸に期待を溢れさせているが……。


「却下だ。却下」


「えーっ」


ぶうっと頬を膨らますな、勇者よ。

お主、成人したんだろうがっ。


なぜか今生で勇者の幼馴染枠として生まれ変わった元魔王の我だが、決してお前にビキニアーマーなどふざけた防具を身に纏った女冒険者など近づけるものか。


べ、別に、今生は女に生まれたけど、成人したけど、ツルペタなのが悔しいわけではない。

悔しいわけではないんだからねーっ!


おわり

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