ブーツ
一目ぼれをした。
スラッとした細身の体系で、少し低めの上背。
ゴツゴツとはしていなくて、どちらかと言えば滑らかな肌。
少なくとも外面の見た目は私の好みど真ん中なブーツだった。
靴紐が無いタイプであったのも、私の中では評価が高い。
クロックスで外を出歩くには寒すぎる季節となり、新しく靴を出迎えたいと考えた私は、ZOZOTOWNで何か良い靴はないかと探していた。
そんな時、ふとブーツが履きたいなと思った。
本当に、ふと思ったのだ。
そこには何の脈絡もなく、ブーツを履きたいという感情は唐突に私の心の奥にひょっこりと顔を出した。
ZOZOTOWNは服も靴も、大量に出品されている。
なんとなく服が欲しい、なんとなく靴が欲しいというときに、ウィンドウショッピングをする感覚でぼうっと商品を閲覧し、欲しいものがあれば買う、というのが推奨される買い物方法なのだと思う。
けれど、それ故に運命的な出会いというのはかなり難しい。
商品数が多いという事は、それだけある一つの商品に出会う確率が小さくなるという事だ。
つまり、ZOZOTOWNはウィンドウショッピング感覚で買い物をするには打って付けの場所ではあるけれど、運命的な出会い……手入れをしてまで一生使い続けるような服や靴との出会いを求めるには、些か広すぎる。
けれど、ブーツを履きたい、ライダースジャケットが欲しい、といった具合で、自分が欲しい衣類の条件をかなり限定的に絞ることができるのならば、話は別だ。
私は色を黒で、足のサイズを二三.五で絞り、レディースのブーツで検索した。
安いもの順で画面表示を並び替えればほら出来上がり。
画面には、私好みと思われるブーツの写真がズラリと並んだ。
そこからさらに目視で条件を絞っていく。
ロングではないブーツで、できるだけマットな質感のものというのが私の選ぶ条件だ。
そこからさらに、できるだけ細身に見えるもの。
並ぶ写真の中で気になるものが時折目に入る。
都度、スマートフォンの画面をタップして、商品詳細を開く。
材質。光沢具合。靴単体の雰囲気。人が履いた時の雰囲気。外の光に充てられた時の雰囲気。値段。商品説明。綺麗な写真と綺麗な言葉で取り繕われた建前に目を通し、私が求めている運命に見合うものであるかを順に確認していく。
そうして画面いっぱいにスクロールする事、三度。
ふと目に入った写真に、私は釘付けになった。
「あ……」
スラッとした細身の体で、ふくらはぎと足首のちょうど真ん中くらいまでしかない少し低めの上背。ゴツゴツとはしていなくて、どちらかと言えば滑らかな肌。装飾は付けられておらず、縫い糸は体と同じで真っ黒。マットな質感で、光は鈍くしか反射しない。
似たようなデザインのブーツはたくさんあった。
けれど、私はそのブーツに惹かれた。
明確な理由は分からない。
何が他と違うのか、理論的にも感覚的にも、私はそれを説明することができない。
けれど、私はそのブーツに一目ぼれをしたのだ。
メーカーを見ると、Dr.Martensと書かれていた。
「ドクターまー……あ、ドクターマーチンか」
デザインさえ気に入ればメーカーは特に拘らないという質の私でも知っている名前だった。
それほどまでに、ドクターマーチンは有名なメーカーだ。
ブーツと言えばドクターマーチン、ドクターマーチンと言えばブーツと言えてしまうほどに。
「ドクターマーチンって、こんな感じなんだ……」
正直に言おう。私は、有名どころのメーカーは避ける傾向にある。
だって、有名どころの服や靴は、シンプルで万人が好印象を受けるデザインになっていて、極端な話、記号性が酷く欠如しているものばかりだから。
もちろん、本当に好きだと思えるデザインの服やスカート、鞄や靴があれば良いのだが、多くの場合は他人に認められる無難なラインのデザインになっている。
それらの無難なデザインを、私はあまり良いとは思えない。
何といえば良いのだろう。
そう……無難なデザインの服やら靴やらは、身に着けたところで〝らしさ〟が無いというか、まぁそんな感じの感覚論の話。
まぁ、これはあくまでも私の個人的な感性の問題だ。
私の個人的な感性の問題で、私は有名どころの服やら靴やらをあまり好きになれない。
現に、今まで好きになった事はない。
そんな私だから、有名どころのメーカーの服や靴には私の好きなデザインのものは無いのだと決めつけてしまっていて、今までは積極的に避けてきた。
どうせ、私の好みに刺さるものが見つかる事なんて無いのだからと勝手に先手を打って失望しながら。
けれど、一目ぼれしたブーツはドクターマーチンのブーツだ。
有名なメーカーが出しているブーツだ。
「何ていうか、有名なだけあるなぁ……」
素直にそう思った。
そして、有名どころは記号性の無い商品ばかりだという自分の認識を改めなければいけないとも。
商品ページを開き、詳細を見る。商品名はドクターマーチン2976と言うらしかった。
私はブーツの種類などに明るいわけではないけれど、商品説明を見たところ、私が一目ぼれしたブーツはチェルシーブーツというものであるそうだ。
数十件と登録された画像をスライドし、順に見る。
私好みのブーツが様々な角度で写し出され、様々なシチュエーションで写し出されている。
スマートフォンの画面に触れた指を右から左へとスライドさせる度、私はどんどんとそのブーツを好きになっていった。
タイトなパンツに合わせるとスタイリッシュになってカッコいい。
ワンピースに合わせるとその印象ががらりと変わって可愛く見える。
柄物のワイドパンツに合わせても様になっていた。
きっと、ガウチョパンツにもスカートにも合う筈だ。
恋は盲目というが、私が感じているこの感覚はもう恋なのではないだろうか。
だってそうだろう?
見れば見るほど好きになっていくこの感覚は、知れば知るほど欲しくなるこの感覚は、恋でなければなんだというのだ。
私は今まで、人を好きになった事が無い。
いや、好きになった事はあるのだけれど、それは何というか、表現が難しいけれど、愛おしいという類の好きとは違う、もっと軽やかな……そう、例えば友人に向けるような類のものだ。
けれど、いま私がこのブーツに抱いている感覚は、決して軽やかなものではない。
知れば知るほど好きになり、愛おしく感じる。
この感覚は……いや、この感覚こそがきっと恋なのだ。
そうと分かれば、さっそく行動に移さなければならない。
早く、ドクターマーチンのチェルシーブーツに愛を伝えなければならない。
だってほら、もう在庫が残り二点なのだから、私に迷っている時間はない。
そう。私はこのチェルシーブーツに一目ぼれしたのだから。
恋は、盲目なのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます