第4話 「 あいいろ 」

 人がいなくなる。それは残された者からは不可解そのものだろうが、消えた本人からすれば当然自らが望んだことであるべきだ。しかし私は、この「青いチケット」一連の事件(?)を調べれば調べるほど、実際そうではないのではないか、そう思われてくる。そしてこの一地方での不可思議な事象について、人知だけでは及ばないうねりのようなものを感じる。それを現時点で解説する力量は私にはない。ただ、その素材としての事実を読者と共有し、心に浮かぶ印象をその都度掬(すく)い取るのみである。

その人は「青いチケット」そのものに強いこだわりを持っているようだった。色、形状、大きさ、そして紙質まで。謂わば「チケット」マニアだ。彼女は実際私に実物まで見せてくれた。私は初めてそれを我が目で見た。一見何の変哲もない薄い青地の紙。彼女に言わせると実はそれには様々なバージョンがあると云う。そして彼女がマニアになったきっかけも本当はそのことに端を発するらしい。

「あなたには悪いんですけど」彼女は前置きする。「チケットにまつわる不思議な出来事はまだ私には起こっていません。その意味では私は純粋な蒐集(しゅうしゅう)家に過ぎないの。ただ人から言わせれば、そんな奇妙なものを好んで集めていること自体とても変わってるらしいんですけど」

 私はそれを少なからずの共感を持って聞く。確かにその通りだろう。私自身この聞き書きを始めて以来、家人はもちろん友人からもほのかな距離を置かれるようになってしまった。彼ら/彼女らの様子を鑑みるに、どうやら私は「不浄」に触れつつあるらしい。具体的な理由があるわけではない。謂わば直感だ。反面私自身にはそんな自覚はない。そして取材のスタンスも当初から変わらない。自分の出身地で発生(?)したこのオカルティックな一連の出来事を自分なりに情報を集め一つ一つ検証していく。そしてそれには何らかの重大な意味があると私には信じられるのだ。

「出来事の内容(なかみ)とか、不穏さとか、私にはどうでもいいことなんです。ただ…」

 彼女は一度言い淀む。「話に聞くチケットの在り様が、その人によって微妙に違うのは事実。そしてそれは出来事そのものとも無関係ではないようです」

彼女に言わせると当事者本人に話が聞けるのはかなり稀なケースだと云う。そして「チケット」そのものを目にすることも。それは私にも頷ける。何せ当事者本人はその過半数(ほとんど)が消えていなくなっているのだから。

「私が聞いた話で印象的だったのは、チケットは光る、と云うものです。その人は自分が見たものがそれとは気づいていなかったみたいで、あとで思い返したらそうだったと教えてくれました」

 話の内容はシンプルだ。Hさんと云う美容師の女性は実は元男性。子どもの頃から自分の性別に違和感があり、次第に自分の存在そのものにも疑問を持つようになった。そして学生最後の年、好きだった同級生(男性)に告白し即刻「キモい」と返され、思い余って自殺を考えるようになったと云う。

「それで彼女、咄嗟に手首を切ろうと考えて、自宅にあったシザー(ハサミ)を手に持った。その時ふと姿見に映った青いものに気がついたの。それは小さくて、でも何だか穏やかな光を放っていた」

「それがチケットだった?」

「そう。振り向くと確かにそれはそこに在って、彼女はそれをシザーを持った指でつまみ上げた。するとその紙は彼女が触れたところだけ僅かに色が変わったって云います。リトマス試験紙みたいに。そしてそのうちにHさんの昂ぶっていた気持ちは少しずつ落ち着いてきた。彼女はとりあえずハサミを置き、そのチケットを自分の日記の挟んでおいたの。失くさないように」

 結論から言うと、Hさんはそれから本職の美容師となり、今では元気に働いているらしい。そしてここ最近噂になっている「青いチケット」の話を耳にし、自分のその「光る栞」のことを思い出した。彼女は忙しさもあってかしばらく日記をお休みしていたが、久々に開いてみると栞は以前とは随分変わってしまっていたらしい。

「私が見せてもらった時にはもう普通の栞そのものだったわ。でも手に取ってみると、確かにそれは他のものと何か違っているようにも思えた。もちろんそれは彼女に返しました。多分彼女は今でもお守り代わりに大事に持っていると思います」

 私が今まで話を聞いた人の中で、実際「青いチケット」を見た人や手にした人はほとんどいなかった。しかしどうやら「チケット」は、いささか都市伝説化している一連の噂のように必ずしも当事者を失踪や死に追いやるものとは限らないらしい。むしろ今回のように一時(いっとき)とは云え傷ついた人を優しく受け入れ、慰めることもあるのではないか。単純な解釈ではあるが私にはそうとも感じられる。

「チケットを集めていると自然とその経緯にも耳を傾けることになります。するとその当事者本人か関係者かで、そのチケットの様相にも違いがあるような気がするんです。本人の場合は大概すでに白っぽい感じになってて、もうそこには何も感じられない。むしろ清々しい印象。でも関係者から渡された場合には、そこに何とも哀しい色を感じないではいられないの。まるで失恋を忘れる為に渚に立って、虚しく海風に吹かれてる時みたいに」そして彼女は微笑む。「少なくともすっきりした気持ちではいられませんね」

 私は最後に訊く。それでも、やはり「チケット」を集め続けるのですか、と。

「自分でもよく分からないけれど多分そうなると思います。何故かそうする必要を感じるの。あなたもそうではないんですか?」

 逆に問い返されて、私はしばし自分の意図について思い返してみる。そしてこれからもことも。「多分、同じだと思います」

 そして私たちは、今後の再会を約束してその海沿いのカフェを後にした。

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