第27話 騎士の趣向
荘厳、厳格、厳粛、貫禄。
数多の固い表現を並べても、目の前のそれを表すには足りない。
そう、無意識に感じられてしまうほどに堅牢な
ディレ達一行が踏みしめている大地は、とある王国を囲む要塞のような壁、その真下だった。
『魔豊王国ファラミル』
国土である大地に、豊富な魔力が宿っており、たとえ辺境の民だろうと関係なく魔法が使えることから名付けられた。
とはいえ、強力な戦闘魔法や生命への冒涜ともいえる回復魔法などはとても使えない。厳密には魔法の種ともいえる、極小さな影響を及ぼすものだけだ。
しかし、その種魔法ともいえるものは、王国には浸透していた。だが、この国が豊かになったのは、ここ数十年からのこと。かの英雄が姿を消してからだった。
それまではお世辞にも豊かとはいえなかった。水源となる川も浅く、大地も荒れていた。人々は英雄の死と共に、彼女が大地に恵みを与えてくれたのではないかと、考えていた。
それが正か否かはさておき。
そんな曰くのある国の中心地、その一歩手前で、一行は立ち止まっていた。
「———ですからリラ殿、貴女は身分を隠す必要があります」
「でも、だからって私が貴族っていうのは……」
そう、ディレの主人は今、危機に立たされていた。入り口の門をくぐるには、衛兵隊が行なっている厳しい検問にかからなければならない。
そこでリラが問題の「魔女」であることが露見すれば唯では済まないだろう。
「そもそも、リラ殿は貴族です。嘘ではありませんので」
「それは……」
遠慮がちに「貴族」という称号を騙ろうとしないリラ。とはいえ、王国に入るにはそれ以上に都合のいい理由は無い。
「そもそもリセッタさん、なんで私がノクトルナだということを知ってるんですか?」
別に知っていておかしくは無い、ノクトルナは、王国では名の知れた名家だった。
だが、リラを特定するのはかなり困難なはずだ。
「リラ殿が呪術を使うから、というのもありますが、私は以前から団長に許嫁のことは伺っておりましたので」
「そう、ごめんなさい。別に、怒ってるわけじゃないの」
あの村で身を隠していた数年、外部の人間がリラと接触したことは一度も無かった。そのため、名が知れていることは少なかっただけだ。
それに、アルバーンから聞いていたのなら納得がいく。
それはさておき。
「……本当にそれ、着るの?」
リセッタが右手に提げている布を指さして問う。それは、純白の生地に紅い刺繍が施された見事なドレスだった。
「気に入らないですか?」
「ううん、凄く綺麗だけど……」
リラには似合わない。それは貴族の可憐な乙女が身につけるものだ。堕ちた元貴族の着ていいものではない。
「……何かあるのでしたら、騎士団長に仰ってください。道中に
敵意のある言葉選びで、隣に立つ当人を責める。
ただ、リセッタの言い分も,間違ってはいない。王都に向かう道中、夜を越すために足を止めた町で起こったことだ。
まだ明るかったことも影響して、町は活気で溢れていた。そんな最中にぞろぞろと騎士を引き連れた一団が見えれば、当然目立つ。
その中に、顔の整った美男が居れば尚更だろう。
リラは帽子を目深に被っていたし、リセッタは兜をかぶっていた。しかし、王国の英雄が居てはそれも意味をなさない。
結果、アルバーンに気づいた女性たちがわらわらと集まる事態になった。
入り口で足止めを食らった一行は、結局昼頃に町入りしたと言うのに、宿屋に着いたのは夕方になってしまった。
どうやらリセッタの知り合いが町に居たらしく、話をつけて変装用の服を仕入れられる予定だったが、流石に夜に押しかけるわけにもいかなかった。
最終的に偶然同じ宿に宿泊していた貴族から買い取ることになった。それも、決して裕福ではない一族だったため、値段交渉にも時間がかかった。
結局、必要かもわからないドレス一着が手に入った。
「それは僕が悪いのか?」
「団長が魅力的なのは仕方ありませんが、もう少し自覚を待ってください」
「褒めてるのか? 貶してるのか?」
考えても仕方のないことに頭を悩ませる騎士。その様子を見てリラが言う。
「……わかった、でもディレはどうするの?」
リラはドレスで身分を偽るとしても、ディレはどうしようもない。宿屋でこびりついた血液は解消されたものの、服もボロボロで、背中に大鎌を背負っていては隠すも何もない。
「それについてはご安心を、ドレスとは別に給仕服も仕入れてあります」
そういうと、背後に静かに佇んでいた馬の荷物入れをまさぐった。
「宿屋の主人に頼んで頂いてきました」
「リセッタ、職権乱用じゃないだろうな?」
「もちろんです。
前にいるディレに空中で合わせて頷く。
「大きさも大丈夫でしょうし、リラ殿、彼女と共に着替えを」
服が好きなのか、妙に凝っているリセッタに乙女らしさを感じつつ、リラは渋々頷いた。
ディレもならって服を受け取る。
「……団長?」
「どうした?」
「……それはこちらのセリフです、乙女が着替えると言うのに、その場に留まる騎士がありますか!!」
「すまん……!」
「「「失礼しました!」」」
「貴様らもか!」
右手を額に当てながら呆れる副騎士団長。ゆっくりと振り向いて佇む愛馬に声をかける。
「シャルティ、二人を隠してやれ」
騒がしい門前、これからすることを忘れているかのような賑やかさ。
しかしこれが彼らだった。
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