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両親はわかってくれていた。
母の言葉を聞いて、胸が熱くなった。
葉子の前でそれを表面に出さなかったが、娘の私を信じてくれていた。
もうその言葉だけで十分だった。
でも私の誤解が晴れたからといって、実家に戻るわけにはいかなかった。
新しいマンションも決まらないまま、社長のマンションに戻る気になれず、一人でカフェに入る。
珈琲を飲んでいると携帯電話がバイブ音を鳴らした。メールを開くと店長からだった。
【華ちゃん。何していますか?】
その一言で……。
張り詰めていた気持ちが弾けた。
【今、カフェで珈琲飲んでいます。今日は忙しいですか?】
【華ちゃんがいないと忙しくて大変だよ。早苗さんも午後から本社に行ったから猫の手も借りたいくらい。】
わぁ、大変そうだな。
逆の立場なら、テンパりそうだ。
【華ちゃん。今夜逢えないかな。】
……今夜?
【品川ドゥ・ロンサールホテル予約取るから、待っててくれないかな。今夜は泊まれるから。】
今夜は泊まれる……。
私は明日もお休み。
店長と共に過ごせるなら……。
寂しくないかもしれない。
善悪の判断がつかないくらい、私の心は弱っていた。
【わかりました。二十一時にホテルで待っています。】
――『いい子ぶらないで』
葉子の声が鼓膜に甦った。
禁忌を犯す私は……。
いい子なんかじゃない。
時計に視線を向けると、まだ夕方だ。
学生時代の友人に久しぶりに電話をして、約束の時間まで逢うことにした。
半年前に結婚した友人、
――独身時代はよく一緒に食事をした渋谷のイタリア料理店。
「久しぶり、華。結婚式には来てくれてありがとう。遅くなったけど、これハネムーンのお土産」
ハワイのお土産を、私に差し出して千奈美は幸せそうににっこり笑った。
千奈美の笑顔が眩しいと初めて思った。
「ありがとう。千奈美、幸せそうね。ちょっと太ったんじゃない?」
「わかる? 実はね、私、妊娠してるの」
「……妊娠。千奈美おめでとう! 何ヵ月?」
「五ヶ月目に入ったんだ。だからふっくらしたの。うふっ」
「本当におめでとう」
羨ましい……。
素直にそう思った。
好きな人と結婚して赤ちゃんを授かる。女に生まれ、こんな幸せなことはない。私はそんな幸せを、葉子から奪ったんだ。
「華、恋人は? 結婚の予定はないの?」
そんなもの……ないよ。
相手は既婚者なんだから。
「結婚って、いいよ」
食事をしながら、幸せに満ちあふれた千奈美の顔が店長の奥様と重なった。
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