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「そうか。ならばサッサと出て行ってくれ。迷惑を掛けられてはかなわないからな」
やっぱり社長は鬼だ。
朝食を済ませ、出勤する社長をあんずと見送り、私もマンションを出た。
数件の不動産屋で物件を見せてもらったが、条件が揃っている物件は家賃も敷金礼金も驚くほど高く、家賃を下げると通勤も不便だし、訳あり物件。
「こちらは格安物件ですよ。築年数は古く木造ですが、バストイレもあります」
小伝馬町、勤務地には近い。アパートは外観もレトロだが、室内もレトロ。昭和の雰囲気が漂い、ハウスクリーニング済みとはいえ、床の傷みが目立つ。しかも三階でエレベーターがなく北向きだ。
「どうされますか? 海外からの留学生には人気なんですけどね」
「……ちょっと考えさせて下さい」
家賃は安いが、即決出来なかった。
ダメだな、私。
優柔不断。このままでは自立できないよ。
物件を決めることが出来ないまま、目黒の実家に向かった。両親にはどう説明すればいいのか……。
友人宅に間借りしていると、嘘を吐き続けるしかない。
◇
目黒の実家に戻り、家に入れず玄関先をうろうろする。
やっぱり……帰ろう。
中途半端なまま、家族には逢えない。
「華? 華どうしたの」
「母さん……」
「今日は仕事休みなの? お帰り、家に上がりなさい」
「でも……葉子さんが」
「葉子ちゃんなら今買い物よ。精神的にはまだ不安定だけど、体はもう大丈夫だから」
母と玄関先で話をしていたら、買い物から帰宅した葉子と出くわした。
「お義母さん、ただいま戻りました」
「お帰りなさい。葉子ちゃん、華に上がってもらってもいいわよね?」
葉子は私と目を合わせようとはしなかった。
「お義母さん、華ちゃんと二人で話をさせて下さい」
「葉子ちゃん……」
母は不安そうな顔で私を見た。
「お母さん、お義姉さんと二人で話をさせて。お願い」
「わかったわ。今お兄ちゃんも父さんも仕事だから、華わかってるよね」
葉子に『ちゃんと謝罪しろ』と言ってるんだよね。
私はどうして葉子が嘘を吐いたのか、真意が知りたいだけなのに。
母は気をきかせて自室に入る。葉子は買い物袋を持ったままキッチンに入り食材を冷蔵庫に収め、私は黙ってその様子を見つめる。
気まずい空気が流れる中、葉子は黙って冷蔵庫に収納していく。
「お義姉さん」
「お義姉さんなんて無理して呼ばなくていいわ。私は華ちゃんより年下なんだから。私ね、あなたのそういうところが嫌いだったの」
「……えっ」
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