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 ちょっと気まずい。

 かなり気まずい。


 木葉君は本当に純粋で真っ直ぐだ。

 私の汚れてしまった心を、全部見透かされているような気がして、恥ずかしくなる。


「木葉君、色々な女性に言ってるんでしょう。木葉君のその優しさは、女性を勘違いさせちゃうよ」


「みんなに言ってるわけじゃないですよ」


「本当かなあ」


 木葉君のストレートな思いが重くなりすぎないように、私は少しふざけて笑ってみせる。


 狭い車内、重苦しい雰囲気になれば木葉君と一緒に仕事は出来ない。コンビは解消だ。


 ビルの駐車場に車を停めて、二人で花を車から降ろしカートに乗せる。従業員専用エレベーターに花を積み込み、二人で得意先を回る。


 早苗さんから私に引き継がれた沢山のお店。私が私らしくいられる仕事。それがフラワーショップ華。


 ――仕事を終えて店に戻る途中、携帯電話が鳴った。


 車を運転している木葉君の隣で、そっと携帯電話を取り出してメールを読んだ。


【業務連絡、夕飯に付き合え。下記アドレス××××××に連絡すること】


「は?」


 登録していないアドレスだ。メールにはリンク先のアドレスが貼り付けてある。


 間違いメール? それとも以前騒がれたワンクリック詐欺。


 ヤバい、もうメールを開いてしまった。


 コレって知らない相手から、いきなり電話がかかってくるんだよね。それで高額料金を請求されるんだ。


 そんなものには引っ掛からないよ。迷惑メールは即削除だ。


「椿さん、どうかしました?」


「迷惑メールだよ」


「迷惑メール? 気をつけて下さいね。怖い相手から電話がかかってきたら、録音して警察へ行きましょう」


「録音? 成る程ね。でももうアドレス削除したから大丈夫」


「椿さん。今夜、飲みに行きませんか?」


「早苗さんがいないけど、みんなで行きましょうか」


「椿さん、俺と二人で行きませんか?」


「二人で? 木葉君、私ね……」


「後輩としてでいいです。食事だけでもダメですか?」


 真っ直ぐ帰宅したくないな。


 社長の顔を見たら、朝見た壇ゆりとの秘め事を思い出してしまう。


 店長は奥さんの元に戻る。

 巣に戻る親鳥のように、可愛い子供の待つ家に戻ってしまう。私には帰る巣はない。


「いいよ、食事しよう。何処に行く?」


「六本木にいいお店見つけたんです。椿さんと一緒に行きたいなって、ずっと思っていたんです」


「六本木? いいね。行こう。店長には内緒だよ」


「はい」


 葉子のことを考えたら、若い子と食事している場合ではないことくらいわかっている。


 でもどうすることも出来なくて、私は木葉君に誘われるまま逃げるしかなかった。

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