誉side

56

「早朝に何用だ」


「社長、おはようございます。朝早く申し訳ございません。実は成明氏のことでご相談が」


「成明? わかった入れ」


「社長、メイドの野原はどうしました? 社長がお出迎えとは珍しいわね」


「あんずは今、手が離せなくてね」


「そう」


 ゆりは俺の体に密着し、唇を近付ける。


「最近、冷たいのね。手が離せないなんて、まさかメイドがベッドで裸ではないでしょうね?」


「馬鹿馬鹿しい」


 ゆりのくだらないヤキモチ。左手の薬指にはマリッジリング。ゆりは既婚者だ。


 俺はゆりに背を向け、ダイニングルームに戻る。この関係も、そろそろ潮時かも知れないな。


「悪いが食事の途中だ」


「申し訳ありません。お食事を続けて下さい」


「君も食べるか?」


「朝から糠漬けとか、遠慮しときます。野原さん珈琲下さる? ブラックでお願い」


「はい、畏まりました」


「あら、ちゃんと洋服着てるんだ」


 檀は妖艶な眼差しで俺を見つめた。


「一人なの?」


「あんずと二人だが。何か?」


「別に。社長らしくない花がダイニングテーブルの上に飾られているから。花びらが落ちてるのもあるわね。どうしたの? 捨てないの?」


「まだ生きている。捨てる必要はない」


「そう」


 あんずが珈琲をゆりに差し出す。


「どなたか来客があったのかしら?」


「いえ、このお花はわたくしが活けました。お見苦しくてすみません」


「社長がいいなら、私には関係なくてよ」


 俺は朝食を取りながら、ゆりに視線を向ける。


「それで話とはなんだ?」


「成明氏が動き出しました。そろそろご結婚を考えられているようです」


「成明が結婚? もう三十三だ。結婚しても何ら関係はない。アイツのことだ、資産家の娘か大企業の社長令嬢でも連れてくるのだろう」


「それが……」


 ゆりはあんずに視線を向けた。


「あんずなら心配無用だ。君が採用したメイドだろ。仕事に関する極秘情報は他言しない」


「あら、随分信用しているのね。初めは敬遠していたのに、もうそんな関係なんだ」


「檀様、わたくしとご主人様は、主君と下僕でございます」


「いつ俺があんずを下僕にした? あんず、檀が勘違いするような言葉を発言するな」


「申し訳ありません」


「あんず、ご馳走さま。食器を片付けてくれ」


「はい、畏まりました」


 あんずがテーブルの上を片付け、キッチンへ移動する。


 ゆりはあんずの背中を目で追い、キッチンに消えるとすぐに、俺の隣に座り直した。


「あの子だけ雇ったのは失敗だったわね。執事も雇おうかしら」


「これ以上、勝手に住人を増やさないでくれ」


「はいはい。話を戻しますね。成明氏の結婚相手は前社長の指示で女子社員から選ばれるそうです」


「女子社員?」


「フラワーショップ華corporationに相応しい清楚で出しゃばらないな女性を選ばれるとか」

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