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あのセクシーな檀ゆりと、コスプレマニアのメイド。
だんだん社長の好みがわからなくなってきた。
「では、椿様のお食事もご用意致しますね」
「すみません。私も手伝います」
私は萎れた花束を持ち、あんずとともにキッチンに行く。
社長のことだ。
ドンペリとか、フォアグラとか、キャビアを食べてるに違いない。魚がメインって、フレンチなのかな。あんずさんはフレンチも作れるんだ。
キッチンに行くと、そこにはアサリの味噌汁、鯵の塩焼き、筑前煮、ほーれんそうの胡麻和え等和食が並んでいた。
「えっ? 和食……ですか?」
「はい。社長はご自宅では和食を召し上がります。意外と質素でしょう。あまり贅沢は好まない方なので」
嘘だよ、部下にドンペリを振る舞うくらいの見栄っ張りだ。
質素倹約なんて、あの社長には似合わない。
「配膳のお手伝いします」
「ありがとうございます。でもこれはわたくしの仕事でございます。どうか、わたくしの仕事を奪わないで下さい」
「奪うなんて……そんな……」
「椿様はどうかお座り下さい」
「その前に花瓶を貸していただけませんか? お花を活けたくて」
「その萎れたお花ですか? 可哀想に。これで宜しいですか?」
あんずに渡された花瓶に花を活け、上手く水あげ出来るか様子を見る。
キッチンを追い出され、社長より先に椅子に座ることも出来ず、壁に掛かっている絵画に視線を向けた。
海や山の風景画、あまり見かけない画風だ。私が知らないだけで、有名な画家の絵画なのかな?
一枚、数百万とか、数千万とかするのかな。
「お前に画の価値がわかるのか」
「ひゃっ」
どうか、バスローブではありませんように。
裸族を目の当たりにしたくはない、振り向きたくないな。
「この画は全てフランスの無名画家の描いたもの。路上で売られていたものだよ」
「……えっ? 無名ですか?」
「風景画は心が和む。画の価値は、買う側が決めるものだ。売る側が提示した値段で買うものではない。無名画家にも優れた作品はある、価値を見出だすのは買い手なんだよ」
価値を見出だすのは……。
買い手。
「人を雇うのも同じことだ。その人材の価値を見出だし、才能を引き出すのは買い手、すなわち経営者だ」
黒いガウン、濡れた髪。
私を見つめる眼差し……。
「ご主人様、椿様、お食事のご用意が出来ました」
「あんず、ありがとう。今夜はもう下がっていい」
「はい」
「……っ、あんずさん、待って」
この社長と二人きりにしないで。
「はい?」
あんずは首を傾げる。
「あとは俺が片付ける。あんず、お疲れ様。ありがとう」
「はい。ご主人様おやすみなさいませ」
なんで人払いするかな。
私がどれだけ気まずいかわかんないの?
「君は酒が強いのか?」
飲ませて襲うつもり?
その手には乗らないんだから。
「いえ、今夜は結構です」
社長は晩酌をしながら、上手に魚の身をほぐす。尾頭付きの魚を上手に身と骨に分けるなんて意外だ。
「あの……あんずさんは社長の恋人ですか?」
「恋人?」
突然、社長は声を上げて笑った。あの気難しい社長が、こんなに楽しそうに笑うなんて、初めて見た。
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