第3話 しゃべるスライム ワラビ

「ワラビ。キミって、言葉が話せるの?」


 ボクは、しゃべれるようになったワラビに話しかけた。

 話し相手ができたのは、うれしい。でも、なにかの疾患でそうなったのなら大変だ。事情をちゃんと聞かないと。


「先程もいいました、マスターツヨシ。ワタシはゴブリンを倒したことでレベルアップし、言語機能を手に入れたのです」


 プルプルと身体を揺らしながら、ワラビは語る。


 テイマーは普通、スライムなんか育てない。ましてや、言語を理解するまでなんて。なので冒険者の誰も、しゃべるスライムを見たことがなかった。


「わるいスライムじゃないよ」と話すスライムは、ゲームの世界だけじゃない。


「レベルの高い金属型スライムなら、多少の言語は独学で学びます。が、独学なためにカタコトです」


「そうだったんだ。だから、今まで話せなかったんだね?」


「はい。マスターツヨシ。ワタシをここまで辛抱強く育ててくれて、ありがとうございます」


「堅苦しい感謝は抜きにしよう。こちらこそ、話し相手になってくれて、ありがとうね。ワラビ」


 ボクが伝えると、ワラビもプルンと身体を揺らして喜んだ。


「もし、マスターがワタシとお話したくないというのであれば、会話機能はオミットさせていただきますが? 中には、モンスターが言語を話すことに抵抗感があるという方もいますし」


「とんでもない!」


 せっかく話し相手ができたのに、会話できなくなるなんて。


「ありがとうございます。では、今後もお話相手にならせていただきます」


「こちらこそ、ありがとう」


「でもマスターツヨシ、あなたはもっと上を目指しているのでは? ワタシなんかがいては、足手まといなのでは」


「いいんだ」


 最初こそ、もっと強い階層に行けたらなと考えていた。それも、昔のことである。ワラビが成長して、部屋が手狭になったときにでも、上の階層を目指すとしよう。


「今は、キミと過ごすことがいちばん大切なんだ。その際にもっと上の階層を目指す必要ができたら、そのときに考えるさ」


「感謝します。マスターツヨシ」


 健気だなあ。絶対、手放したくない。


「朝食にしよう。いただきます」


 今日はトーストとコーヒーで、朝を済ませる。一緒に食べる相手がいるって、幸せだなあ。


「はい。あーん」


 トーストをちぎって、ワラビにも分けてやる。

 ワラビはトーストを、おいしそうに消化していった。

 一人だと味気ないのに、ワラビがいるだけで癒やされる。


「じゃあ、ダンジョンへ行こう」


 装備を整えて、ダンジョンに出発した。


「今日は、スケルトンのいる階層へいくよ」


「はい。マスターツヨシ。装備を剥ぎ取るんですね?」


「よくわかったねえ」


 スケルトンは、元冒険者だったりする。なので、彼らの装備品をいただこうというわけだ。

 ゴブリンやスケルトンを狩るのは、ダンジョン攻略の基本だったりする。

 これに慣れておかないと、モンスターを倒すときに躊躇してしまう。自分が、骨の仲間入りになったりもするのだ。


 相手だって、目的があって行動している。できるだけ、命のやり取りに慣れておかなければならない。


 標本のようなガイコツが、こちらへ攻撃してきた。のっそりとした動きだが、狙いは的確だ。


「とうっ」


 新調した両手持ちの棍棒で、骨の群れを打ち砕く。


 スケルトンの装備品を物色する。武器は、ろくなものを落とさない。ただし、スケルトン自体が落とす『骨粉』という素材は、異世界の薬草を活性化させる効果がある。薬草や毒消し草を材料とするポーションを大量生産するために必要なのだ。


 ちょっと、数が多すぎるのが気になるけど。


「マスターツヨシ、ワタシはどういった攻撃をすれば?」


「じゃあ、これを持って」


「魔法の杖、術で攻撃ですね?」


 スライムには一応、格闘術はある。とはいえ、ワラビの軽さではスケルトンにダメージは通らなかった。試しに戦わせてみたが、スケルトンの身体をすり抜けてしまう。ならば、魔法を使ってもらうのがいいかなと。


 ワラビは、魔法の杖を飲み込む。


「それ、食べ物じゃないよ?」


「大丈夫です。こちらのほうが、使いやすいので」


 ポゥ、と、ワラビが火の玉を吐いた。

 スケルトンが、炎を浴びて蒸発する。


「自分の身体を使って、魔法を撃ち出す砲台にした?」


「はい。武器を持つより、武器を吸収して肉体の一部にしたのです」


 そのほうが、スライムとしては戦いやすいのだとか。


 スライムの研究って、よほど進んでいないんだな。『冒険者の心得』を読み返してみたけど、ワラビの言っていたような項目はどこにもなかったよ。


 熟練の冒険者でさえ、ワラビたちスライムの生態はよくわかっていないようだ。


「とはいえ、便利なだけのモンスターって扱いはイヤだよ。キミは大切な、パートナーだ」


「ありがとうございます、マスターツヨシ」


 今日の狩りは、ここまでにする。



 

 ワラビの好物がモモとわかったから、スーパーで桃缶と、桃のジャムを買ってあげることにした。ジャムは奮発して、瓶タイプにしてやる。これなら、フルーツの高騰にだって負けない。


 帰ってワラビと夕食を囲みながら、撮った「ダンチューバー」の動画をチェックする。


 ワラビは焼き鮭を、骨だけ丁寧に吐き出しながら消化していた。育ちがいいね。



 相変わらず、再生数は伸びていた。ワラビ効果、すごいな。


『スケルトンをすり抜けていくワラビちゃん、エロくてすこ』


 これは、受付のお姉さんからのコメントだな。エロいって……。


「ごちそうさまでした。ところで、マスターツヨシ。気になるコメントが」


「どれどれ?」


 ボクは、スマホ動画に送られた動画に目を通した。


『あの階層、危ないよ』


 それは、ボクも気になっている。


 なんでもその階層は、心霊スポットであるトンネルに突如現れたダンジョンらしい。そのため、通行制限まで設けられている。


 この間も、「フロアボスのスケルトンキングをソロで退治に行く」といって、ギャル系「ダンチューバー」が行方不明になっていた。救出依頼まで出ていて、上位の冒険者が潜っている。


「用心するに、越したことはありませんね」


「うん」


 ボクたちはできるだけ、浅いエリアを討伐しよう。


 

 ワラビとの約束通り、比較的モンスターが弱いエリアを狩り場とする。


「そこの冒険者、手伝って!」


 若い女性の声で、SOSが。


 男性が胸を抑えながら、苦しそうな顔をしていた。胸からは、出血している。

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