哀感の1ページ

のえたそ

思い出はいつか消え去る

第1話「太陽は上り、沈む。」

「今日もきたよー!今日は始業式だったの!学校疲れたぁ〜...」

「お、今日は早いね。学校お疲れ様。今日から高校三年生の七海莉菜ななみりなだね。」

「大人の私も可愛かろう…」

「ドヤるなw」


 見慣れた病室。時刻は十六時、今日も私はお見舞いに来ている。私の彼氏「柊優ひいらぎゆう」はとても病弱なため、頻繁に入院と退院を繰り返しなのだ。最近は病気が悪化してきたらしく、久々の長期入院だとこの間言っていたな。


「そーいや莉菜、始業式なのにあるとか言ってた謎の補習テストはどうだったの?」


優の質問に私はドヤ顔を披露しながら答える。


「もちろん赤点。」

「さすが俺の彼女。」

 

 今日もこの病室には笑顔が絶えない。温かい春の風が私たちを包み、何気ない会話を続ける。


「そーいや桜咲いてるね。めっちゃ綺麗。」


 ふと窓を見た私は、満開とまではいかないが美しく咲いている桜が目に留まり、話題に出してみる。

 優は優しく微笑ほほえみながら言う。


「やっぱいつみても綺麗でしょ?ここの病室の窓は桜がきれいに見えるから好きなんだ。」


その笑顔に見惚れながら、「...私も好き。」とささやく。



 桜よりも桜を見ている君の笑顔が好き...なんて恥ずかしすぎて言えない。一年近く付き合ってきてるけど、やっぱ気持ちを言葉に伝えるのは恥ずかしいもんだな。

 

 告白をしたあの時以来、私は優に向けた''好き''という言葉を発したことはない。勿論好きだけど、好きを伝えるのは苦手だ。

 

「でもいつかちゃんと伝えられるようにならないと」


 そんなことを考えながら、私はまた口を開く。

 

 それから私たちは、十八時近くまで喋った。優はすごく聞き上手で、すごくおしゃべりな私の話をいっぱい聞いてくれる。それがたまらなく嬉しくて、私はもっといろんなことを話したくなる。


 この時間が、日常の中で一番好きな時間。たまらなく、愛おしい時間。


「あ、そろそろ帰らないと。バイトあるから」


 スマホで時刻を確認し、もうちょっと喋っていたいという気持ちを胸の奥にしまって帰る準備をする。


「最近夜のバイト多いよね。夜道とか気をつけるんだよ。なんかあったら言ってね。」

「優それ毎日言ってる!(笑)」


右手で左手の袖を軽く握りながら、心配そうに私を見つめる。


「だって...心配じゃん。」


 可愛いなこいつ。いつもは優しくてかっこいいのに、時折見せる可愛さが余計心臓に来る。


「まぁ明日も来るから。優も体調気をつけなよ。」

「うん。大好きだよ、莉菜。」

「...ありがと!」


 

 それから、このいつも通りの時間は続いた。学校に行って授業を受け、学校が終わったらすぐに病院で優と喋り、優の「大好き」で終わる。曲がり角を右へ曲がり、十字路を真っ直ぐ進み、今日もいつも通りの道を優の病院へ向かう。なにもかも、いつも通りだ。


 ――でも、車が飛び出してくるとは思わなかったな。

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