春風のイタズラ―5

 静電気。static electricity。帯電した電気が放出されることでショックを感じる現象。今のような季節に起こりやすい。何故なら空気が……。


「乾燥してる」


 ボソッと呟いたのは、浅尾っちやった。おれらの視線が一気に集中したのに気がついて、顔を上げる。


「……なんだよ」

「あ……独り言か。てっきり一佐の話を聞いてたのかと」


 ヒデが苦笑しながら鼻の頭を搔いた。


「知らねぇよ小林の話なんか。今日は乾燥してるから絵の具の乾きがはえぇなって思っただけ」

「そうそう。乾燥してるから、静電気が発生しやすいんだよね」

「は?静電気?」

「待て待て待てい!ヒデ!静電気ってなんやねん!」


 慌ててヒデと浅尾っちの間に割って入る。静電気て!なんちゅーロマンのないことを!そんなんやからヒデには彼女でけへんのや!ロマンを語ってこそ男やろ!


「つまりぃー静電気で運命がバチっと!ってことだよねぇー」


 つまりやないで、ヨネ。全然つまっとらんで。せやから静電気ちゃうわ!


「ちゃうねん!そないなサイエンスティックな話ちゃう!おれの恋物語はマロンティックやねん!……ってそれを言うならロマンやろッ!どっちも甘いけどッ!」

「でも現実的に考えて、静電気以外で電流が走るなんて……」

「ヒデ!現実的に考えたらあかん!ロマンや!」

「いったぁ!」


 思わずヒデの右手を掴もうとしたとき、パチっと音がしてヒデが声を上げた。


「ほら、静電気じゃないか。一佐の手、乾燥してるんだってば」

「そんなわけあるかい!めっちゃ潤っとるっちゅーねん!キュウリ並みの水分量やっちゅーねん!ほれ!」


 今度は浅尾っちの手に触れようとすると、それを察して素早く引っ込められる。

 

「そろそろ片付けねぇと牧助手に文句言われるぞ」


 浅尾っち、華麗にスルー!うぅん、いけずッ!


「あ、本当だ。ほら一佐、早く片付けて帰ろう」

「よぉし、下図は描いたぞぉー!続きは明日だねぇー」


 時計を見ると、もうすぐ17時。確かにぼちぼち退散せんと、マキちゃんの虫歯が爆発してしまうな。

 なんやかんや言いながら、ヒデとヨネの制作は進んどった。下図も描けてへんのはおれだけかいな。こっちはまだエスキースやっとるっちゅーねん。

 ちなみにエスキースっちゅーのは、簡単に言えばラフなイメージ画ってとこやな。ざっくり描いて、おおまかな構図や色の配置を練るんや。それから下図を描いて、より万全な状態で本画制作に入る。

 日本画はアクリル絵具より修正が難しいさかい、本画制作の前にしっかりイメージを固めておくことが重要やねん。

 スケッチ、エスキース、下図、本画制作っちゅーのが基本的な流れやけど、エスキースを飛ばして下図を描くヤツもおるし、下図なしでエスキースから本制作に入るヤツもおる。要は自分の思い描いたものができるなら、なんでもええっちゅーこっちゃ。

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