天才小林、上野の地へ舞い降りる―2

「助かったわぁ。危うくつまみ出されるところやった」


 正門を抜けて、おれを助けてくれたナイスガイに礼を述べる。これが大人の対応というものだろう。

 その男は分厚いメガネの奥の、やたらと大きな瞳をこちらへ向けた。手入れされていない野太い眉毛が非常に野暮ったいが、体全体から天然のピュアピュアオーラを発している。


「いや、通りかかっただけだから」

「おれが新入生て、よう分かったな」

「一昨日のオリエンテーションの時、隣にいたんだよ」

「ふっ……やはりおれの隠しきれないオーラが」

「いや、その赤坊主は一度見たら忘れないし……あ、俺は日本画専攻の長岡です。長岡英哉」


 ふむ。ヒデか。見た目は田舎臭いが、人当たりがいい好青年のようだ。しかも同じ日本画。天才の友人ポジションに相応しい男かもしれない。

 

「ほな、呼び方は“ヒデ”やな!」

「え?あぁ、うん……」

「おれも日本画専攻や。名前は小林“いっさ”いうてな。“いっさ”て、どんな字を書くとおも」

「あ、浅尾!」


 おれたちの横を通り過ぎた男に、ヒデが声をかけた。

 いや人の話聞けや。誰やねん浅尾……って、なんやこのイケメンは!背ぇ高い、手足長い、切れ長のクールな目、ブルーアッシュのリーゼント……いやッ!全部かっこええッ!

 おっと、ついお国言葉が出てしまったな。失敬、失敬。

 浅尾と呼ばれたそのアンニュイイケメンは、おれには一瞥もくれず無表情のままヒデに視線を向けた。


「長岡、奏楽堂ってどっち?」

「この奥だよ。一緒に行こうか。あ、小林君もいい?」

「……誰」


 圧。なんやこの圧力。でかいだけやない、常人離れした圧倒的オーラをバチバチ感じるやん。このおれを蛇に睨まれた蛙状態にするとは……一体何者なんや。

 

「同じ日本画専攻の小林君。一昨日、俺の隣にいただろ」

「知らねぇ」

「え、えっと……小林君、こっちは浅尾桔平。高校の同級生なんだ」


 そういや日本画専攻には、あの世界的日本画家・浅尾瑛士の息子が入学すると聞いた。そうか、こいつが……。ニコリともせんし、めっちゃ“話しかけんなオーラ”出しとるやん。

 しかし初めが肝心や。「第一印象から決めてました!」って言うしな。

 おれは、はちみつレモンスカッシュの2.5倍爽やかと言われた必殺の笑顔を向けた。


「よろしくな、浅尾っち!」


 爽やかすぎる春風が、おれたちを包む……が、相手は無反応。耳が遠いんやろか。


「浅尾っち!よろ!しく!なッ!」


 先程より声を張ってみたが、浅尾っちはこちらを見向きもせず、前を向いたまま大きな欠伸をするだけ。

 はっはーん。相当なシャイボーイっちゅーことやな。面白い。このおれが、その心の扉を開いたろうやないか。一佐流オープンザハート!

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