第21話 受け継がれる呪い


 下水道を下りた後は何事もなく、安全に逃走することが出来た。臭いのは慣れないけど。結構長い距離を歩いた。もう既に町の外まで来たのではと思ったとき、少年が再び指示を出してきた。



「……これ!」



 目的地近くのマンホールなのだろう。俺はやっと出られることに安堵した。急いではしごを登り、外へ出る。やっと悪臭から解放される。



「……あっち!」



 下水道を出た先はいかにも、貧しい人達が住んでいるスラム街という感じだった。この国に来てから初めて見る光景だが、やはりどこの国でもこういう所があるのかと落胆した。夢も希望もありゃしない。自分も梁山泊に入る前は似たような貧しい立場だったので、見ていて心が痛くなる。だが同時に懐かしさも感じた。初心を思い出した。



「……ここ!」



 少年の案内で一つのあばら屋に到着した。ここが彼の家なのだろうか? 少年に付いて中へと入る。



「お帰りなさい……、エピオン。」


「……ただいま。」



 家の中には簡素なベッドが置かれていて、そこに一人の女性が横たわっていた。彼の母親なのかな? 顔は随分とやつれていて生気があまり感じられない。見るからに体を悪くしている。何かの病気で寝たきりになっているのだろう。


「その剣士様は?」


「町の人に見つかってかこまれてしまったときに、このオジチャンが助けてくれたの。」



 お、お、お、おぢちゃん!? まただ。前みたいにおぢちゃん呼ばわりされてしまった。ちくしょう、小さい子からしたらオッサンなのだろう。悪気はないだろうから、怒るわけにもいかない。



「まあ、それはありがとうございます! ……なんとお礼を申し上げてよろしいのやら……。」


「もんも! もんもやーじ!」



 ああっ! こんな時にしゃべれないのは辛すぎる。気にしないで欲しいと伝えたいが、今はこれが限界だ。なんとかジェスチャーで首を振ったり、両手でストップして、と言いたげな雰囲気を出してみた。



「まさか、剣士様、言葉がしゃべれないのですか?」


「このオジチャン、も、とか、もげ、とかしか言えないみたい。」



 少年のフォローにも助けられ、一応しゃべれないことは伝わったみたい。大きく顔を縦に振って肯定の意志を伝える。



「まあ、それは……。剣士様も不幸な身の上なのですね。その身の上で立派な剣士になられたのですね。すばらしいですわ。」



 なんか大げさに解釈されてしまったようだ。あくまで一時的にしゃべれないだけなんだが。……それよりも俺を剣士様と呼ぶことが気になる。勇者とは認識されてないっぽい。記憶の世界では額冠の被認識能力が機能しないのだろうか? エルの弟を名乗るあの少年もいちいち勇者であることを確認してきた。そうである可能性が高い。



「私たち親子はいわゆる“悪魔憑き”と呼ばれる者です。かつて私は、今は亡き夫と共に魔族によって呪いを受けた身なのです。夫もそれが原因で命を落とし、私も体を蝕まれています。後に生まれたこの子も同じ呪いを受け継いでしまったのです。」


「ももめや?」



 何だって? 悪魔憑き? この呼び方は初めて聞いたが……まるで、エルとそのお母さんと同じじゃないか! 経緯は違うんだろうけど、悪魔と同等の扱いを受けているから同じだ。



「呪いは他の人に感染すると言われているために、人から恐れられるのです。なので、私たちは人の目を避けて生活しています。」



 魔族に傷を負わされ、後遺症が残る。それは他人にも感染する可能性があると聞いている。でも、それはある程度強い闇の力でないと発生しない現象でもあるらしい。それこそエルのように体内にコアが発生しない限りは。



「私たちがこのスラムに住み始めてから、他の方に感染したところは見たことがありません。あれはただの噂なんだと思います。人々は悪魔を恐れるあまり私たちの様な人間を遠ざけたいのです。」



 少年の母は涙ながらに語った。俺はただ、この人の考えに同調するようにずっと相づちを打ち続けた。世間の悪魔に対する知識が間違っていることは、魔王達と対峙してみてわかったことだ。ヤツらは恐ろしい存在だが、思ったほど伝染能力は持っていないと俺は考えている。エルを見ていても影響がないことは自明の理だ。



「ですが、私たちにはどうすることも出来ません。一度、悪魔憑きと思われてしまったら、ずっとそのままなのです。多分、この子も一生……、」



 この少年もエルと同じ様な人生を歩むことになるんだろうか? 確かにお母さんよりも強い闇の力を感じる。しかも、彼は体に悪影響が出ていないようにも見える。エルと同じで闇の力に適性があるのかもしれない。



「もるも……。」



 無駄かもしれないが、試してみたいことがある。でも、やらないと感情の収まりがつかいない。救ってあげたいんだ、この人達を! せめてお母さんを蝕んでいる闇の力を斬って楽にしてあげたい。



「な、何を……?」


「オジチャン、止めて!」



 俺がいきなり剣を抜いたんだ。当然の反応だろう。口で説明できないし、出来たとしても信じられない話だろうから、そのまま試すことにした。



「もうめつ、まもみん!」



 霽月八刃、ダメ元で試す。剣を振り下ろしたとき、周りの風景が急にぼやけ始めた。目の前の親子も驚いた表情のままで固まっている。次第に姿が薄くなり、虚空にかき消えてしまった。同時に風景も暗転し、別の場所へと切り替わる。



「もっもす……。」



 やっぱり記憶の世界なんだ。記憶の中の範疇でしか世界が動かない。記憶を持つ本人に影響はあるのかもしれないが、ここで終わりだ。誰の記憶かはわからなかったが、どこかに本人がいるはずだ。今は無事であることを祈りたい。

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