第25話

「……とりあえず皆で少し考えてからまた話し合おうぜ」

 沈黙を破ったのはリアンだった。

「腹も減ったし、一度解散ってことで」

「そうだな。俺も1人になって熟考したい」

 ブレイブもリアンの提案に賛成のようだ。サンスクリットは彼等の意思を確認すると、頷きながら話した。

「サビアはすぐには攻めて来ないでしょう。しばらくスフェールに留まるようです。時間は少しだけ残されています」

 残された限りある時間で何が出来るか。この地を、この一族を守るためにサーラが出来ること。

(わたしの出来ることをやってみるしかない)

 サーラはサンスクリットに目配せをする。彼もサーラの意図を察したらしく、小さく頷いた。


「明日の朝、ここに集合だ」

 ブレイブの短い合図で議論は終わった。

 賢者の間を先に出たのはリアンで、彼に続いてブレイブも出て行った。賢者の間に残ったのはサーラとサンスクリットだけだ。

「サーラ様」

 2人きりになったことを確認すると、サンスクリットはサーラに向き直る。自分が何を指示されるのか分かっているようだ。サーラも無言のやり取りで気付いていたので単刀直入に用件を伝える。

「サンスクリットにフォルトゥス族の領地へ向かって欲しいの。またスフェールに戻す事になってしまうのだけど……」


 スフェールの国土にひっそりと住むフォルトゥス族。大陸最強とも呼ばれる、戦いに特化した戦闘民族である。容姿は大陸人――シュトルツ族が外界の人間と呼ぶ――と変わらないが、その体は文字通り『戦闘に特化した』特徴を持つ。

 皮膚は硬く矢も弾き、見た目では分かりにくいが非常に発達した筋肉を持ち、素手で人間の頭を粉砕出来るほどだ。

 フォルトゥス族特有の紫色の瞳は、遠くまで見渡せる程に視力が良い。夜目も利くので夜でも行動出来る程だ。


 サーラは彼等に助けを請おうと考えたのだ。


「わたし達が助けを求めても他国が絡んだ問題に族長が首を縦に振ってくれるとは思えない。徒労に終わる可能性もある」

 フォルトゥス族は、シュトルツ族と同様に特異な体質を持っているが故に、支配下に置こうと狙った国々に襲われる事が何度もあった一族である。戦や争いを嫌うスフェールでさえ、彼等と小競り合いを続けていた。そのような経緯もあって、外部と交流を持ちたがらない。


 彼等は今、スフェールとシュトルヴァ領の国境近くにある山脈を越えた草原で暮らしている。彼等の居住地はスフェールの国土になるが現在では、先住民であるフォルトゥス族を攻撃しない事でスフェールと合意している為、スフェールが裏ではサビアに回っていても、彼等は独立した立場であるはずだ。サビアと共にシュトルツ族を侵略してこないだろう。


 助けを求める相手にもなるが、誰にも味方をしない可能性だってある。勝算はあまり無いかもしれない。

「私の働きが結果的に無駄になったとしても、可能性が少しでもあるならどこまででも行きます」

 サンスクリットは、熟した葡萄のような濃い紫色の瞳を真っ直ぐにサーラへ向けた。

「ありがとう、サンスクリット。わたし達は出来ることをやりましょう」

「本日の夜に発ちます。サーラ様、念のため他の方法もご一考ください」

「えぇ、分かったわ」

 サーラは頷くと机に広げられたままの世界地図を見た。大陸の左半分を占める大国サビア。その右隣に小さく位置するスフェール。そして、シュトルヴァ領。さらに隣に位置するエゲリア。

 サーラはエゲリアの国名が書かれた文字をなぞった。

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