第二十九話
しばらくモニターの変わり映えしない映像に少し飽きてきたゴンゾウは、二階の司令席に座っているレイの元へ向かうため、階段を登っていった。
「なぁレイ、結局このウラヌスを使って“どう魔王と戦おうとしてるのか”そろそろ聞かせてくれよ」
「そうか……大事なことを伝えていなかった」
「まさかウラヌスで魔王城に突っ込むワケじゃねぇだろ? ここに乗る時に大砲みたいなのが見えたが」
「察しがいいな。魔王を攻略するには“遠距離からの攻撃”が不可欠になる。奴と接近戦をするのは絶対的に不利だからな――」
魔王が何故に強力なのか。
それは、魔王城を据える孤島に大きな秘密があった――。
レイがリネットと出会った日、“魔王の強さ”について語っていた頃。
「魔力の源泉?」
「はい……ジェノムは自身を強化する恩恵を孤島から強く受けているんです。ですから、奴が魔王城から離れることはまずありません」
リネット曰く、魔王城が聳え立つ孤島には“魔力の源泉”があり、そこから溢れ出るエネルギーを吸い取ることで、魔王の強さは常に高レベルを維持しているという。
厄介なのは、その源泉が人間にとっては“負のエネルギー”となってしまう点である。ただその場に立っているだけでも足元から魔力を吸い取られてしまうのだ。
しかも魔力量が高い者ほどその影響力は強く出るため、特に魔導士などの役職には極めて過酷な環境となる。孤島内での戦闘でパーティーの回復などをしているうちに、すぐさま魔力が尽きることに陥ってしまうのだ。
これまで数多くの転生者を含む冒険者達が魔王に挑んだにも関わらず、誰一人太刀打ち出来なかったのは“源泉の存在”が大きな要因となっていた。
女神達は、転生者に源泉対策となる“結界魔法の習得”を必ず勧めてきた。しかし、孤島に上陸した瞬間から負のエネルギーの影響が始まるため、結界魔法は常時発動していなければない。
なので、源泉に吸い取られる魔力は軽減されても、結界魔法そのものが魔力消費の足枷となってしまう。
やっとの思いで魔王の待つ玉座へ辿り着いたところで、魔力が尽きかけていれば勝敗はすでに決しているも同然。
剣士が魔法に頼らず物理攻撃で挑んでも、強靭な肉体を持つジェノムになど到底歯が立たず、一瞬にして返り討ちにされてきた。
魔法には身体能力強化など、戦闘において重要なバフ効果を持つためサポートとして優秀な面が多い。それが“人類側のみ制限される”というのは理不尽の極みともいえる――。
「なるほど! 孤島に上陸なんかせずに遠距離からの攻撃が可能なら、その方が理に適った攻略法ってワケか! そりゃすげぇぜ……――」
ゴンゾウが期待に胸を膨らませながら待機すること約三時間――ついに小型無人偵察機が無事に作戦海域へ到達し、予定通りウラヌスが転移を開始した――。
ウラヌスが作戦海域へ転移を完了させると、しばらくして小型無人偵察機から分離した八機のドローンが、搭載していたカメラから複数の映像を送信してきた。
だが、艦内モニターには――大きな翼を持つ醜い顔付きをした『ガーゴイル』が、孤島周辺を警護するように何体も飛び回っている様子が映し出された。
それを見たオペレーター達が「ヒッ!?」と怯る反面、レイは目を細めながらモニターを冷静に凝視しおり、その側にはリネットもいた。
「想定より防御力は薄そうだ。リネット、魔王の現在地は?」
「はい、間違いなく魔王城からジェノムの気配を感じます」
「よし……では、これから魔王城に向けて主砲による
作戦海域に転移して間もなく司令席から立ち上がったレイが、何とも突飛なことを言い出したのでゴンゾウは不思議そうに首を傾げた。
というのも上空で暗雲渦巻く魔王城は、まだ目視することも出来ないほどウラヌスから距離が離れているからだ。
「お、おい……海域には入ってるんだろうが、まだ魔王城は全然先だろ。あんな大砲なんかで届くのか?」
「ゴンゾウが乗船時に見たのは主砲などではない。ウラヌスに搭載される本当の主砲は、甲板下格納庫に収容されている
「……れ、れーるがん?」
「正式名称は『長射程螺旋電磁加速砲』。最大射程は287km。レールガンから放たれる小型化した『ディマイズ弾頭』を搭載したEMP誘導砲弾なら目標が原子力空母クラスの戦艦でも一発で消し飛ぶ。さらに超高熱爆裂波によって発生する電界強度142kV/mの電磁パルスは着弾位置から半径約200km圏内にある電子機器を一瞬にして無力化させることが可能、という代物だ」
「いや待て待て待て待て、全然頭が追いつかないぞ――」
ユニスタル合衆国は国内の叡智を集約させて『怪物的な爆弾』の開発に成功していた。
爆発した際の中心温度が摂氏百万度を超える“非人道的な殺傷能力”を持ったその爆弾は、使用すれば爆発時に人体へ有害な放射線を放出せずとも“世界が終焉を迎える”という意味から『ディマイズ』と名付けられた。
この爆弾には、物質として非常に不安定な『ペイン』という至極扱い辛い希少鉱石を特殊な技術で濃縮封入した火薬を使用しており、最大火力は理論上に限るが『人口三百万人規模の小国』なら一発で壊滅状態へ追い込むほどの性能を持つ。
『外交において軍事力の脅威を晒すことは道徳に反する』
という国際連合の意向によって公にディマイズの存在を明かすことは出来ないが、ユニスタル合衆国が異世界最強の軍事国家たる所以は『ディマイズを唯一保有する国家』であることが大きな理由の一つとしてある。
無論――この原子力駆逐艦に搭載されるレールガンの弾頭にも、小型化したディマインを装着することが可能である。
レイは、魔王軍もこちらと同様に“異世界物質転移を用いて、軍事的な設備を保有している可能性がある”と想定していた。そのため、今作戦において容赦することなど一切不要だと判断していた――。
「それを敵本拠地に向けてこれから発射する。近距離弾道ミサイルでも威力は充分だが、魔王城周辺を警備する索敵が迎撃してくる恐れもある。加えて、ウラヌスの存在を
レールガンによって射出される砲弾の最高速度はマッハ9.8にまで達する。これを迎撃できる技術はユニスタル合衆国を以てしても未だ持ち合わせていないのが現状。
「その主砲なら……簡単に魔王を倒せるってことか?」
「無論、レールガンの威力を持ってすれば、魔王など反撃されるリスクを一切負わずに魔王城
ゴンゾウは「……そ、そうだな」とだけ相槌を打ち、考え込むように俯いた。
「そ、それって若者の間で言われてる『
「同志よ、これは軍事用科学技術が発達する異世界によって生まれた“革命的戦術”だ。断じてチートなどではない」
悶々とするゴンゾウの傍でレイが深呼吸すると共に、真剣な眼差しで唱えた。
「これより魔王討伐作戦を開始する。レールガン発射用意」
レイの号令を受け、ゆっくりと頷いたマキア艦長からオペレーター達に指示が出る。
「長射程螺旋電磁加速砲、発射準備開始。艦内警報発令」
轟音が鳴り響いて甲板が開くと同時に――“二本に割れる角状の黒々とした巨大艦砲”が格納庫から上昇しながら姿を現す。
異世界でも一門しかないこの艦砲の開発機密コードネームは、神話で登場する『絶対神によって地獄の底に封印された悪魔をも喰らう狂魔人』の異名から取って『BALROG(バルログ)』と呼ばれていた。
こ、これは……本当に人の手で造られたのか……?
“あらゆる生命を殺戮し尽くすため”だけに設計された悍ましき造形は異常なまでの威圧感を放っており、
そして、室内に座す総勢三十二名のオペレーター達からタスク進捗報告が飛び交い始める。
「艦内全乗組員配置完了」
「了解。メインジェネレーターPWRF停止」
「第一安全装置解除」
「衛星より最終座標受信」
「目標、魔王軍防衛拠点中心地」
「座標位置X3528.36、Y2714.99」
艦砲が悠々と魔王城に向けて旋回を開始した。
「現在地から座標観測目標までの距離測定、約225km」
「照準調整誤差0.025%」
「到達目標出力を28Mwに設定。高速中性子炉FNRD稼働及び電力供給開始」
「EMP誘導砲弾装填開始」
「出力充填58%到達」
「第二安全装置解除」
旋回が停止し、赤く染まるライン照明が砲身を這うように点灯する。
「反動軽減装置展開」
「EMP誘導砲弾装填確認」
「砲身プラズマ化防止装置起動」
「出力充填102%到達」
「絶縁シールド最大展開」
「最終安全装置解除」
「ランパードさん……発射準備が完了致しました」
マキア艦長がそう告げると一斉にオペレーター達が立ち上がり、ゆっくり目を閉じて沈黙する。そこへ、レイが司令官壇上に登って拳を胸に当てた。
「これは、今まで魔王軍から死よりも残酷な屈辱を受けながらも、雪辱すら果たせず無念に散っていった英雄達に鎮魂の意を込めて捧げる口上だ。同胞の仇である憎き魔物共はこれより艦砲から放たれる“裁きの光”を浴びせられることとなる。我々は愚かで忌むべき魔王軍を塵も残らぬほど焼き尽くし、幾多にも及ぶ奴等の腐敗する屍を築き上げ、心底から望む平穏かつ平和な絶対的聖域を創造する。同士諸君よ……撃鉄を起こせ」
オペレーター達が足元に伏せていた小銃を胸に構えて静まり返る。
そして最後、レイはおもむろに魔王城へ向けて手を真っ直ぐに伸ばすと、波の立たない水面へ落ちる雫のように――そっと呟いた。
「Fire」
“一筋の無慈悲な閃光”が魔王城に突き刺さった瞬間――モニターの映像が途切れた――。
しばらくして、別の小型無人偵察機カメラから送信された映像が映し出されると、魔王城付近一帯が“絶望的な眩い虚無”と表現しても過言ではないほど、灰の如く真っ白な世界へと変貌している。
時間の経過と共に爆煙が晴れて景色が露わになると――魔王城は巨大なクレーターを残して
「……と、討伐目標の消失を……確認致しました」
オペレーター達も開いた口が塞がらない様子でモニターの映像に釘付けとなっている。
「……」
想像を絶する悲惨な光景に愕然と黙り込むゴンゾウの隣で、顔色一つ変えずに映像を眺めていたマキア艦長はレイと目を合わせて深く息を吐いた。
「任務完了……これより本艦は魔王討伐作戦海域からの撤退を開始する――」
その後、マキア艦長率いるウラヌスは世界各地を転移しながら、魔王軍の幹部が拠点を置く『砦』を制限時間が迫るまで片っ端から蹂躙し尽くしていった。
ジェノムを失った魔王軍は弱体化しており、ゴンゾウも仮面騎士となって残党狩りに参加し、住民を避難させながら剣を持って奮闘していた。
一方。
なぜか魔王城付近で呑気にキャンプをしながら娘達と乳繰り合っていたヨシヒサまで地味にペインの核分裂による超高熱爆裂波に巻き込まれていたことは誰も知る由がなかった。
完全に予期せぬ事態ではあったにしろ、もし仮にヨシヒサが観測対象にされていたとしたら、ウラヌスの貴重な実戦データに『世界最速でプラズマイオン化した人間』として名誉ある記録として残されたのは間違いないだろう――。
ウラヌスが消失するまで残り十分。
クルタ街最寄りの港に帰還したウラヌスの艦内では、レイがマキア艦長と握手をしていた。
「マキア艦長、今回の作戦に協力してくれたこと、本当に感謝している」
「いえ……我々がお役に立てたのなら光栄です――」
桟橋へ降りたゴンゾウやリネット達も見守る中、艦首からマキア艦長やオペレーターを含む屈強な兵士達が笑顔で手を振っている。
そして、ウラヌスは安らかな眠りにつくかの如く――静かに港から姿を消していった。
こうして。
ボタンを一つ押しただけで魔王城をジェノムの陰湿な企みごと完膚なきまでに消滅させることに成功した人類は、長きに渡る残忍かつ過酷な戦争に終止符を打つこととなった――。
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