第二十一話

「……ってうわぁぁ!!」

「イヤァァ!!」


 突然、異世界の空中に出現した三人はそのまま海へ“ドボーン”と落ちてしまう。異世界のどこに登場するかなんて指定など出来ないため、当然あり得る結果だった。


 カズオの力を使って何とか海辺に転移して溺れることからは逃れたが、意外と泳ぎが苦手だったレイだけは海水を飲んで意識を失ってしまっていた。


「うっそぉ!? ま、不味いよ……早くレイを助けなきゃ!!」


 そこへ突然リネットが「はいどいたー」と言って焦るカズオを“ドンッ”と突き飛ばし、何食わぬ顔で人工呼吸を始める。


「……(酷くない?)」

「フーッ、フーッ!」


「ブハッ」


 何とか海水を吐いて復活したレイは、羨ましそうに指を咥えていたカズオの横で突然――急激な頭痛に襲われ始めた。


「え、どした? だ、大丈夫か!?」

「レ、レイ様!?」


 二人の呼び声が遠のいていく中、レイの頭に思い浮かんだのは――幼い頃にも見た女性と娘の姿。


 自然あふれる長閑な公園で、レイがその二人と仲睦まじく過ごしているような風景。


 鮮明に蘇ってくる謎の記憶。



 これは……まさか。



 そして、ついに思い出される――レイも『転生者』であったことに。


 彼の前世は妻子を持った『ランパード』という一人の軍人だった。国から派遣された紛争地域で命を落としてしまったが、なぜか『レイ』として別の世界で転生を果たしていたのだ。


 そして今もなお、この異世界のどこかに“自分を想う家族”がいることに気付く。


 しばらく沈黙していたレイが二人にそれを打ち明けると、リネットが深刻な眼差しを向けてきた。


「もしかしたら……レイ様は多くの転生者達の魂に混ざって、私達女神の意図しないところで転生されてしまったのかも知れません」


 誰の仕業か、そしてどんな理屈なのかは定かでない。だが、断片的な前世の記憶を携えて不完全な転生をしてしまっていた点から鑑みても、リネットが唱えた説は濃厚である。


 海辺で完全な記憶を取り戻したレイが「目的地が決まった」と囁き、ゆっくりと立ち上がる。


「これから私達が向かう先は……我が母国である『ユニスタル合衆国』だ――」


 数ある国家の中でも軍人総兵力250万人を有し、異世界最強の軍事力を持つユニスタル合衆国。軍事設備も最高峰レベルで揃えている母国へ行けば、望んでいた物は間違いなく手に入る。


 意を決したレイは、唖然とするカズオとリネットを引き連れて海辺を後にした――。


 二十年以上も昔の記憶を頼りに、ユニスタル合衆国の軍事施設に辿り着いたレイ達。しかし、いきなり入り口の警備員を説得するのに手こずっていた。


「さっきから何ワケわかんねぇこと言ってんだ? クスリでも吸ってラリってんのかこの女? さっさと風俗街に帰れ!!」


「だから私は『女神だ』って言ってんでしょ!? ホントいい加減にしないと火炎魔法喰らわすわよ!!」


 不審者(娼婦)と思われて激怒するリネットが警備員と小競り合いしていると、その脇を通りがかった車が不意に停車した。すると後部席の窓がゆっくり開き、中年の男が顔を覗かせてきた。


「こんなところで何を騒いでるんだ? そいつらは誰だ?」


 警備員が「あ、いえ、問題ございません……フォックス中佐」と言った途端、レイはその中佐が過去に“自分の部下”だったことに勘付く。


「フォックスだと? ……まさかお前が?」


「ん、誰だ君は?」


「私だ。中西のイラスタン紛争に派遣されて殉職した『ランパード軍曹』だ。いや……簡単には信じては貰えないだろうが」


「な、何だと……? ――」


 目を見開いて驚きを隠せない様子のフォックスだったが、その後もレイと問答を繰り返すうちに、二人の間でしか交わされていない話が後から後から出てくるではないか。


 それこそレイはフォックスの家族構成から、愛する家族に送っていた手紙の内容まで的中させたのだ。


「ま、まだ俄かには信じ難いな……誰かから情報を入手した可能性も否めない。異世界という話も信憑性に欠ける」


 疑り深いフォックスに対して、レイは決定打となる行動に出た。


「ならば、これを見てくれ」


 ブレスレットを胸に押し当てたレイが仮面騎士に変身した途端、開いた口が塞がらない様子でフォックスと警備員が固まってしまう。


「そんな……馬鹿な」


 と、フォックスは車のドアを開けてゆっくり降り、元の姿に戻ったレイの両肩を涙ぐんで掴んだ。


「ま、まさか……信じられない。本当にあのランパードなのですか……?」


 レイが静かに頷くと、フォックスは唐突に眉間の皺を寄せた。


「なぜ……なぜ、大尉に逆らったのですか!? あんなことをしなければ、貴方は生きて帰って来れたはずです!!」


「バーネット大尉は軍人として……いや、人として間違っていた。私はを見過ごすことなど出来なかった――」


 ランパード軍曹の死因――それは軍の規律違反を犯し、捕虜を虐殺して楽しんでいたバーネット大尉に刃向かったのが原因だった。


 戦争とは、いつ誰が死んでもおかしくない状況。


 ランパード軍曹はバーネット大尉の息がかかる部下の手によって、寝込みを襲われて殺されてしまった――。


 ランパード家の自宅では。


「あ! パパがかえってきたー!!」


 喜びを露わに庭へ飛び出していく娘のケイトを見て、妻のジェシーが違和感を抱いた。


 え、帰ってくるなんて聞いてないわ……もしかしてサプライズ?


 ところが――二人の元に訪れたのは国家公務員であり、彼等から“夫の殉職”という悲報を受けたジェシーは、その場で泣き崩れてしまう。


 二階級昇進なんていらない。


 軍人の妻として、この日が来ることを覚悟していなかった訳ではない。



『ただいま』



 寡黙な夫がただ無事に帰ってきて……そう言ってくれさえすれば、他には何もいらなかったのに。


 軍に兵士として雇用されていた殉職者の遺族には、国から生活費としての助成金が半永久的に支給される。それでも――ジェシー達の心が満たされることはない。


 その後。


 ランパード軍曹を支持していたフォックスを中心とする部下達によって軍内での内部告発があり、バーネット大尉は軍法裁判に掛けられて軍から除隊を命じられ、さらに捕虜虐殺及び同志殺害の罪で終身刑を課せられた――。

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