第十八話
クルタの街に生まれたレイは物心がつく前に魔物被害で両親を失い、孤児院での生活を送っていた。
「レイー、はやくこっちおいでよー!」
「なにやってんだよ、トロくさいなぁ!」
「う、うん……」
レイもエレナや他の子供達と混じって遊んではいたが、常に何か違和感を覚えていた。彼は時折り頭の中で、見慣れない女性と一人の小さな娘が“断片的な記憶”のように蘇ってくるのだ。
「いつも元気ないね? だいじょうぶ?」
「……ああ」
そんなレイを、いつも気に掛けてくれていたのはエレナだった。当時から可憐だったエレナではあったが、レイ自身は特に彼女へ対する特別な想いは抱いていなかった。
それでもクルタの街はレイからしても居心地がよく、優しさに溢れた人々にも少しずつ心を開きつつあった。
しかし、しばらくして。
後継問題を抱えた貴族がクルタに訪れると、外見を気に入られたレイが、養子縁組として連れて行かれることとなってしまう――。
他国へ移ったレイにはたくさんの書籍が贈呈され、彼は毎日朝から晩まで読書に明け暮れていた。大人達から『元気がなくて子供らしくない』と言われようがお構いなしだ。
「レイ様、お出掛け致しましょうよ」
「……いや、いい」
大人の事情とはいえ、思入れのあるクルタから引き離されたレイは、誰と接していても塞ぎ込むことが多かった。しかし幸い、書籍は腐るほどあるから退屈はしていない。
ところが。
「あの子、何か精神的に異常なんじゃない?」
「う~ん……確かにこのままでは後継として置いとくのは考えモノだな――」
あまりに物静かで可愛げのないレイを見兼ねた貴族は、彼を家から離縁させることを決断してしまう。
再び近くの街にある孤児院へ連れて行かれたレイは、初日に脱走して街から飛び出した――。
行く当てもなく野原を歩いていたレイだったが、彼にはある“志”が芽生えていた。
魔物を根絶やしにすれば、自分のような子はいなくなる。
そして、当時まだ七歳のレイは、通りがかった一人の熟練冒険者に拾われ、初めて『剣』と向き合うことになる――。
三年ほど月日が経った頃。
「ま、まいった……」
「ありがとうございました」
レイには天性の才能があった。
冒険者から剣術を学ぶと同時に、貴族の家で読み漁っていた『拳闘術』を実践しながら、自ら独特な戦法を編み出してそれを完全に確立させていたのだ。
「お前はもっと上を目指すべきだ。俺の元にいては、それは叶わない」
「上……ですか?」
レイの潜在能力を見抜いた恩師に勧められたのは、『剣神』への弟子入りだった。
ある山奥に住んで“剣の道のみ”をひたすらに追求する異端な者がいるらしく、多くの冒険者が力試しを挑んでは軒並み返り討ちにあっているという。
こうして恩師の元を出立したレイは、剣神が住む山へと歩み始めた――。
「小僧、お前はなぜ剣を握る」
「……魔物を滅ぼすためです――」
そこにいた剣神は鬼のように強く、全く歯が立たなかった。そもそも攻撃がほとんど当たらないのだ。
彼は軟体生物の如く柔軟な回避と突出した体術を駆使するため、レイからすればまるで“幻影”を相手にしている様だった。
しかし、レイは諦めずに何度も果敢に挑んだ。豪雨が降ろうと強風が吹き荒ぼうとも、何度も立ち向かったのだ。
その姿勢に剣神も何か感じていたのか、トドメを刺してくることはなかった――。
『弟子にして下さい』
と、明確に申し出た訳ではない。
それでも、いつからか剣神の飯支度をレイが世話するようになり、一緒に魚釣りをしたり獣を捕獲したりと、いつの間にか寝食を共にするような間柄となっていく。
日々の生活の中に、彼の強さは隠されている。
そう読んだレイは、剣神と剣を交えながら彼の技術を生活の仕方から真似るように習得していった――。
いつしか――レイは剣神と互角に渡り合えるようになるまで成長を遂げていた。
「く……!!」
そしてついに剣神の喉元へ、レイの鋭利な剣先が向けられる。
「……はぁ……はぁ……やっと……やっと一本取った」
十二年。
レイが剣神に挑んでから、初めて一本取るまでにかかった期間である。
「お前に渡したいものがある」
剣神が古屋の床板を剥がして取り出してきた剣。
それは、選ばれし者にしか扱えない蒼き聖剣『エクスカリバー』だった。
聖剣を受け取ったレイは、すぐさま落としそうになってしまう。
何て“重さ”なんだ……。
普通の鋼で作られた剣とはその比重が違いすぎる。こんな剣では、振ることすらままならない。
「それを振れるようになれば、魔王を倒すことすら出来よう……さぁ、もう行け」
「はい」
剣神の元を離れていく間際、何気なくふと気になって振り返ってみると――剣神の姿は古屋ごと消え去っており、そこには野原だけが広がっていた――。
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