第十四話

「来た!! 仮面騎士が来たぞぉぉ!!」


 防衛線を守る護衛兵が歓喜にも似た雄叫びを上げる。


 群れの中を縦横無尽に掻き分けながら仮面騎士が防衛線まで到着した途端、おやっさんの横たわる姿を見てすぐに駆け寄ってきた。


 そして、仮面騎士はしゃがみ込んで女達が抱き寄せるおやっさんの胸に手を添えると、ゆっくり立ち上がった。


 そこへ護衛兵の一人が皆に呼びかける。


「今だ! 仮面騎士が開けてくれた道を抜けて皆逃げるんだ!!」


 だが、誰一人とてそこから逃げようとする者はいなかった。


「おやっさんを置いてけないでしょ!?」

「私達だけで逃げろって言うの!!」


「そ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!!」


 女達の反論に護衛兵も戸惑いを隠せないでいると、一人の子供が心配そうに“ポツリ”と囁いた。


「ねぇ、ごんぞーはどこ? ……しんじゃったの?」


 それを皮切りに、彼が見当たらないことに気付いた民達が騒ぎ始める。


「そ、そうだ! ゴンゾウの野郎はどこにいやがんだ!?」

「誰も見てないのか!?」


 護衛兵が「もうとっくに逃げたんじゃないのか!?」と悟らせようと試みるが。


「あいつが皆を放って逃げるワケねぇだろうが!!」

「そうよ! そんな薄情な人じゃないわ!!」

「ゴンゾウが見つかるまで俺らは逃げねぇぞ!!」


 一向に護衛兵の指示を聞こうとしない民達。額に手を当てる護衛兵が呆れたように首を横に振ると、仮面騎士が黙って間に割って入ってきた。


 民の男が不思議に思って「な、なんだよ……?」と尋ねると――仮面騎士がおもむろに兜を脱ぎ始める。



「俺は……ここにいるぞ」



 その場にいた全員が、仮面騎士の正体がゴンゾウだったことを目にし、度肝を抜かれたように口をポカンと開けて固まった。


「ゴ、ゴンゾウ……!?」


「俺は無事だ。だから、あとは俺に任せて皆は安全なところまで逃げてくれ。街の外にも避難用の馬車を手配している」


「『俺に任せて』って……まさか一人でこのオーク達を相手するつもりか!? 護衛兵も一緒に戦うんだろ!?」


 男から見ても、ゴンゾウはすでに黒いマントもボロボロになって相当疲れているように見えた。そんな状態でどうオーク達に立ち向かって行けるのか。


「護衛兵達は、みんなを街の外まで安全に誘導する役目がある。俺のことは心配すんな。今までと変わらず全部追っ払ってやるからよ!」


「ゴ、ゴンゾウ――」


「おやっさんも連れて行ってやってくれ……頼む」


 そう告げて微笑んだゴンゾウの鎧が彼の気持ちに呼応するかのように、ほのかな光を放ち出す。

 すると、民達を襲っていたオーク達の意識が急にゴンゾウへと集中し始めた。


「みんな急げ!! 走るんだ!!」


 護衛兵の合図で民達が一斉に走り出す。子供達が「ごんぞー!!」と泣き叫ぶが、親達に抱かれながら離れていく。


 逃げ出す人間とすれ違いながらも、民達に一切興味を持たなくなったオーク達が、ゴンゾウへ向けて一直線に襲いかかってきた。


 再び仮面兜を被って剣を構えると同時に、おやっさんを守れなかった悔しさが込み上げてくる。


「……許さねぇぞてめぇら」


 負傷していた右手はとっくに麻痺して、剣を握る感覚などない。ノドも焼けるように熱く、もう体力は限界を超えている。


 “この街の皆を守りたい”と思う気持ちだけが、疲弊する彼の体を支えていた。


 一体。


 また一体と。


 必要最低限の動作で斬る。


 攻撃を交わし。


 相手の態勢が崩れたら急所を斬る。


 避けきれなければ剣で防御し。


 拳や蹴りで打撃を加え。


 敵がヨロけたら再び斬る。


 集団から囲まれないよう、一定の間合いを保ちながら。


 無心で目の前のオークを斬る。


 目の前の一体にのみ集中する。


 ただただ、ひたすらそれだけを繰り返す――。


 気付けば、広場には片手で数えるほどのオークしか残っていなかった。


 いける……あと少しで……窮地を切り抜けられる。


 これまでの剣士人生で、これほど体を酷使したことがあっただろうか。もし無事にログハウスへ帰れても明日の朝になったら、二度と動けない体になっているかも知れない。


 そんなことを考えていた矢先――が巨大な棍棒で住宅を一薙ぎで粉々に全壊させた。


「……な、なんだ……あいつは……?」


 疲労困憊するゴンゾウの目の前に、突如『エビルオーク』という魔物が、大量のオーク達を引き連れて出現したのだ――。

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