第十話

「いい加減にしろコラ、てめぇら見てっとイラつくんだよ。他の客からしてもいい迷惑だ。今すぐこの店から出てけこの野郎」


「……は? なんで? てか誰?」


 三人衆に見下ろされたのが気に入らなかったのか、ヨシヒサは上目遣いで不機嫌そうに顔を歪めた。


「いいからさっさと表でろ。二度と歩けねぇようにしてやるよ」


「やれやれ……やっぱどうしても野蛮な奴に絡まれちゃうんだよな~俺」


 気怠そうに立ち上がるヨシヒサの隣で、娘達がヤジを飛ばす。


「イケメンは嫉妬される運命だから仕方ないよね」

「あんな雑魚そうなのやっちゃえやっちゃえ~!」

「こっちはお腹空いてんのにマジウゼェ~」


 そして三人衆と共にヨシヒサ達が店の外へ出ると、料理を食べている途中だった他の客達も物見たさにゾロゾロと出て行った――。


 少し開けた広場にて。


「いいかクソガキ。タイマンで勝負だ」


 三人衆がそう啖呵を切ったが、ヨシヒサは余裕地味た目で彼等を見上げた。


「え、三人で襲ってくるんじゃないの? 俺相手にタイマンなんてマジでやめといた方が身のためだよ?」


 小馬鹿にされたのを怒った三人衆の一人が「ナメてんじゃねぇぞ!」とヨシヒサの顔面目掛けて拳を振り上げた、その時――ヨシヒサはその男の腹部を素早く殴打し、一発で気絶させてしまった。


 驚愕していた他の二人も立て続けに顎先を掠めるように殴られ、脳震盪を起こして膝から崩れ落ちてしまう。


「うわ~、またやっちゃったよ……あはは」


 ヨシヒサが痛そうな素振りで手を“ヒラヒラ”とさせ、苦笑いを見せてくる。


「まぁ……どうせやるだろうなと思ってましたわ」

「ヨシヒサが反省する気ないの知ってます~!」

「もういいから早くご飯食べ行こうよ~」


 しかし、娘達の声を背に受けたヨシヒサが腰に刺していた剣を抜刀し始めた。


「こいつら、どうせ街で悪さばっかしてる悪党なんでしょ? 街の平和のために殺しとくわ」


「ヨシヒサ優しい~」

「さすが選ばれし勇者!」


 野次馬が集まる中心で、ニヤリと不敵に笑ったヨシヒサが剣を振り上げる。


「待て」


 眉間に皺を寄せるゴンゾウが、咄嗟にその剣を素手で掴む。


「……はぁ~、今度は誰?」


「その辺で勘弁してやってくれねぇか? もうお前が強いのは皆分かったからよ」


 剣の刀身を強く握るゴンゾウの手からは“タラリ”と血が滴っている。


「そんな汚い手で気安く俺の剣触んないでくんない? 魔王討伐に使う大事な剣なんだけど」


 何がだよ。一度も手入れしたこともねぇだろうに……剣が泣いてるわ。


 刃に触れることで瞬時にヨシヒサの怠慢具合を察したゴンゾウが「魔王討伐?」と聞き返しながら手を離す。

 するとヨシヒサは「チッ」と舌打ちし、剣に付着した血を布で“ゴシゴシ”と拭きあげ、その辺に布をポイ捨てした。


「俺は他の“腑抜け転生者共”とは格が違うからさ。この世界の平和は俺の手にかかってるって話。まぁ、あんたみたいなモブには全然関係ないんだけどね~」


「お前が噂の転生者か……それは頼もしいな。じゃあ応援するから是非頑張って魔王を倒してきてくれ」


「いやいや、あんたに応援される義理とかないっしょ。何かいい“アイテム”とかくれるなら別だけどさ」


 あいてむ?


 面倒そうにヨシヒサが首を回しながら手を差し出したが、ゴンゾウは何のこっちゃと言わんばかりに両手を挙げた。


「あ、いや……すまんが、今は特に何も持ってないんだ」


「は? え、じゃあ何で俺に話しかけてきたの? 普通ならなんかのイベントに発展するはずなんだけど?」


「いべんと? なんだそれ?」


 キョトンと目を丸くするゴンゾウを見兼ねた娘達が呆れつつも、ヨシヒサの腕に胸を押しつけながら引っ張り始めた。


「もういいよヨシヒサ~」

「こんな街なんかマトモなの何もないって~」

「時間の無駄ー」


「あ、おい、お前らそんな引っ張んなって!! 腕がちぎれちゃうだろ!! ――」


 広場から離れていくヨシヒサ達を尻目に、ゴンゾウは三人衆の元へすかさず駆け寄る。


「お前ら大丈夫か? ……ダメか。誰か、こいつらを診療所まで運ぶのを手伝ってくれ!」


 辺りを見渡しながらゴンゾウが声をかけると、周りで傍観していた民達はすぐに手を差し伸べてきてくれた。


「無茶しやがって……」

「最近大人しかったから気持ち太ってんな」

「いいか? せーの! ――」


 診療所に担ぎ込まれた三人衆は大事に至らなかった。だが、民達はそんな三人衆に対して温かく、見舞いの果物などを持ってきていた。


 ヨシヒサより、こいつらの方がよっぽどマトモだよな。


 素手で剣を握って出来た切り傷の手当を受けながら、ゴンゾウはしんみりとした表情で三人を見つめていた――。

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