HIRANISHI ー 三年目の放課後 ー

@kouzenji_1980

プロローグ

 その校舎の中は静かだった。

 夕陽が差し込み、穏やかな風が流れてゆく廊下には、生徒の姿を見かけることもない。開け放たれた窓からはグランドから響く声が聞こえてくるだけで、およそ学校の放課後の風景とは思えないほどの静かな時間が流れていた。

 二階の職員室には、雑務に追われた何人かの教師たちが居残っていた。グランドに向かって開け放たれた窓からは、カーテンを揺らす風に乗って駆け回るラグビー部員たちの声が聞こえてくる。だがそれも、お世辞にも賑わっているとはいえない、かえって閑散としている様子が感じられるくらいに校庭にわずかに反響していた。

 だがそれでもそこにいる教師たちの顔には、なぜか笑みが浮かんでいた。それはまるでその時間を楽しんでいるようにも見えた。

 廊下側の扉も開け放っていた。目線を気にする生徒たちの姿はもうない。

 そんないつもの放課後だと誰もがそう思っていた。

 ひとりの教師が動きを止めた。机の上の書類からふと顔をあげる。少し不思議な表情で職員室の窓に目を向けた。

 すると別の教師も持っていた書類を棚に納める手を止めた。目の前の棚からゆっくりと廊下の方に顔を向けた。

 また別の教師は、何かを探るように職員室内を見回した。

 職員室にいた誰もが、その異変に気づき始めていた。

 「あれって生徒ですよね?」

 確かめたくて誰かが言ったセリフだった。でもそれは、そこにいた教師みんながそれを確かめたいと思ったことだった。

 廊下から声が聞こえていた。ピアノの音と一緒に聴こえてくる歌声。少し遠くから響いてくるその歌声は、誰かはわからないが、明らかに女子生徒のものだった。

 放課後の校舎にそんな歌声が響くなんてことは、これまでその学校にはなかったことだった。

 透き通った歌声がそれまでの静寂を心地よく壊してゆく。ピアノの音色が高らかに校舎に響き、その学校の放課後に音楽をもたらしていた。

 しばらく聞き入っていた。職員室にいる誰もが校舎に流れるその音楽にその身を委ねていた。

 「そう言えば音楽の田村先生が言ってました。コーラス同好会ができたって」

 ひとりの教師が思い出したように言った。

 「ということは音楽室?」

 みんなはゆっくりと上の方に目線を向けた。音楽室は校舎の四階だった。

 その時、誰もがその光景を思い浮かべていた。女子生徒が夕陽の差し込む放課後の音楽室でピアノの演奏とともに歌う姿を。

 「やっと学校らしくなってきましたね」

 何がどうだったら、そうだといえるのかわからない。

 でも誰かがポツリと呟いたその言葉は、そこに居合わせた教師たちに、そう思わせるのに充分な出来事だった。

 それは、これまで静か過ぎたその高校の放課後に、三年目にしてようやく訪れた、本当の意味での始まりを告げていたのかもしれない。

 そしてそれはまた、たった一度しかやってこない奇跡なんだと、そのときは誰もそのことに気づかずにいた。

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