67 また夜が更ける/棕矢◆賭け
また夜が更ける…。
碧い瞳の男が、向かいに座る黒髪の少年に問い掛ける。
「
「受け入れるよ。…自分も、役目も」
「解った」
今度は、碧と金の瞳の男が、向かいに座る茶髪の少年に問い掛ける。
「
「僕も〝
「解った…ありがとう」
続いて碧と金の瞳の男は、横に座っている少女に視線を移し、一拍置いてから訊ねた。
「恭」
「私も…。私が〝
少女の澄んだ穏やかな声に、ぴりぴりと張り詰めていた空気が、ふっと緩む。
「そうだな…」と少女に問うた男が、柔らかく微笑んだ。
「アキラはアキラ、恭は恭だよ」
カタ
唐突な物音に、皆が悲鳴にならない声を上げ、飛び上がった。
和やかだった空気が一変し、空間が一瞬で凍り付く。
カタ…カタカタ……
見れば、彼等の中央に置かれた〝本〟が小刻みに震えている。
「こ、これ! …あの時と同じだ!」
茶髪の少年が、何かを察したのか眉を
仄かに白く発光しながら震える本を、彼等は、ただ凝視している。
…少しすると、今度は、どこから現れたのか〝小さな光の粒〟が本の周りを、ぐるぐると飛び交い始めたではないか!
奇怪な光景に、男も少年も少女も…誰も声を発することなく、じっとそれを見詰めている。
光の尾を引き、自在に飛び回る謎の光の粒は、まるで〝白銀色の蛍〟の様で…
「いつから、居たんですか?」
静寂を破ったのは、碧い瞳の男だった。不可解な
辺りは、しんとしている。白銀色の蛍は、まだ飛び交っている。
…けれど、何も起こらない。
男が面倒だと言わんばかりの溜息を吐く。
「ど…どうしたの?」と少女が恐る恐る、訊ねる。
それに対し、男は短く「いや」と返すと、なぜか目を
ほんの数秒後だった。
彼等の前に、信じられない光景が広がっていた。
彼等の中心、丁度〝本〟の真上で光が渦を巻き…その光が集まって、徐々に塊となり…形を成してゆく。
二人の男を除き、驚愕の表情で固まる少年と少女。
彼等の輪の中心には…〝白銀色の大きな狐〟が鎮座していたのである。
「お…お狐さま?」
黒髪の少年が声を絞り出す。
〝お狐さま〟は、四つ足で立ったまま器用に、その場で、ぐるりと一周し五人を見回すと、ゆっくりと頷いた。
その動きは、まるで獲物を睨み付ける獅子や狼を連想させるものだった。
「ほ、本当に?」
「ああ」
茶髪の少年が訝しげに問うと、即座に碧い瞳の男が答えた。
「…貴方が、お狐さまなのね」
『ああ』
静かな少女の声…
刹那。頭に直接、響いた声。お狐さまの声。
それは、とても淡々としていた。
□■□■□
お狐さまは、なぜ結界を張っていた、この館に入ってこられたのか。
祈りの日に張る結界ほど強くなくとも、いつもと変わらず結界は張られている。考えられるとしたら、あの
ふと、お
『〝大切なもの〟が奪われないように、敢えて〝目立つ
あの矛盾した言葉が何を意味していたのか…。
大切なもの…
奪われないように…奪う? 盗む? 死? どれにしても、失くさない様に、ということだろう。
目立つ処…あの重要な秘密が書いてある本を、敢えて目立つ処に置く理由。私は考える。表紙に散りばめられた鉱物は何だったか。副本に『何か宿っている』と思った私は、何を感じていたのか。お祖父様は、あの時、私に何と言っていたか。
『私達の秘密を守る為に、敢えて目立つ処に置くんだ。これは〝守護する力〟が宿っている。お前達を守る為に作った〝お守り〟だよ』
「そうか。お守り」
何かが宿っている、というあの感覚の〝何か〟は〝守護の力〟だった。
どうして、今まで忘れていたのだろう。随分昔の事だからだろうか…。お祖父様から副本を託された時、私はまだ十四歳くらいだった。今、私は二十七歳になった。もう十三年も経ったのか。
お祖父様が私達を守る為に、秘密を守る為に作ってくださった〝お守り〟は、きっと今まで十年以上も私達を守り続けていてくれたのだろう。
謎は一つ解けた。が、まだ一番の謎が残っている。
結界と〝お守り〟があるにも関わらず、お狐さまがこの館に入ってこられた理由だ。
お狐さまが私達の前に現れた時、館の周りの結界が解かれた感覚はなかった。お守りの力が弱まってしまったのか? それとも私が、結界を突破された事に気付かなかっただけ?
「いっそ訊いてみるか…」
答えてくださるかは分からない。でも「貴方は、どこから、どうやって入ってこられたのですか?」と、直接訊いてみよう。お狐さまに。
*
お狐さまが姿を消し、アキラ達と恭が部屋に戻った頃。私達は、仕事部屋に残っていた。
「ちょっと無謀な〝賭け〟に出ようと思うんだ」
「賭け?」
私が言うと、反対側の私が訊ねる。
「ああ。祈りの日が天気雨になった時、少女がお狐さまに連れて行かれる…亡くなってしまうのを、どうにかして食い止められないか考えているんだ」
一見、無謀でしかない発言に、反対側の私が呆れたような、困ったような、不機嫌なような渋い顔をする。
「でも、君に何か出来るわけじゃないだろう?」
予想通りの反応に、私は、にやりと笑うと言った。
「ああ、重々承知の上だよ。でも、せっかく、お狐さまが私達の前に現れてくれたんだ」
「お前…」
「直接、お願いするんだよ」
「はあ…。本当に無謀だな」
彼は溜息を吐くと、キッとを私を睨み付け低い声で淡々と言う。
「お狐さまは、そんなに甘くない」
「ふふ。分かっているさ。だから〝賭け〟なんだ」
警告されたにも関わらず、どこか嬉々とした心持ちで言い返す。
「はあ…。君は、時々、本当に幼稚な事をし出す」
「それは褒め言葉?」
私が悪戯っぽい流し目を作ると「ふん…」と、鼻で笑われてしまった。
が…彼も、にやりとして言った。
「その〝
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